ジヴェルニー派というもの

Img0221883年、モネがパリ北方のジヴェルニーに家と土地を借りて移り住み、最終的にここを終の棲家として制作活動を行ったことは有名だ。しかし、印象派の名声が高まるにつれて、多くのアメリカ人の画家がこの地を多く訪れ、長期滞在して(ある者はモネのように住みついてしまい)制作するようになったことはあまり知られていない。ジヴェルニーはいわば芸術家のコロニーとなっていたのだが、そんな「ジヴェルニー派」に焦点を当てた珍しい企画の展覧会。

まあ、セザンヌやボナールも訪れたとはいえ、「ジヴェルニー派」のほとんどは金持ちのアメリカ人。想像するにポン・タヴァンみたいな状況が生まれていて、もとは素朴な田舎の村だったところが「芸術村」になったということだろう。多くの画家はフランス語などまともに話せなかっただろうから、アメリカ英語があちこちで飛び交っていただろうし、そんな画家の卵たちを相手に地元の人たちはカタコトの英語で商売していたに違いない。さて、残された彼らの絵を見ると、まあアメリカ印象派としては一定の評価がある人たちなのだが、やっぱり凡庸である。逆に、いかにオリジネイターとしてのモネが凄かったかということがよくわかる。そして、モネから直接教えを受けた義理の娘、ブランシュ・オシュデ=モネが描いたモネの庭の絵が、モネそっくりで素晴らしい。実は僕はジヴェルニーに行ったことがないのだが、最近モネの庭に園芸学的な興味を持っていて、いい季節になったらぜひ行ってみたいと思っている。

来年2月17日まで、Bunkamura ザ・ミュージアムにて。

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キョーハクのトーハク

Tohaku没後400年となる長谷川等伯の展覧会が、京都国立博物館で開催されている。京博では一昨年に狩野永徳展が開催されており、ちょうど対になるような大規模な回顧展だ。開催期間が短く、驚異的な人混みになっているところも永徳展と一緒。

ちょうど1年前、僕は仕事のおかげでだいぶ等伯について勉強することができた。京都の寺院だけでなく、七尾や羽咋や高岡にも何度か足を運び、現地で作品を見せて頂いたり、所蔵者の方からお話を伺ったりする貴重な機会に恵まれた。 その経験の上でこの展覧会を見ることができたことを、非常に幸運に思う。

信春時代の仏画作品は、どれも一般には目にする機会の少ないものばかりだ。展示室に溢れる人混みをものともせず、ガラスケースにぴったりを顔をくっつけるようにして(本当にくっつけてはいけません)じっくりと見るのが正しい。細密画というにふさわしい、信じがたいほど細かい装飾の技法に圧倒されることだろう。これまで図版でしか見ることのできなかった重要な作品がいくつも出展されている。その中でも「善女龍王像」は絵画として本当に美しい作品だと思う。多くの作品が400年以上前のものとは思えない素晴らしい状態で残されているが、これは所蔵してきた寺院の扱いが丁寧であったということと同時に、信春が使った顔料や膠の質が最高級のものであったということを意味している。

圓徳院の「山水図襖」、智積院の「楓図」「松に秋草図」に大勢の人が群がっていたが、実はこれらはそれぞれの寺で常時公開されている作品。会場の人混みの中で見るよりも、後日ゆっくりと見た方が気持ちがいいだろう。だいたい、襖絵とか屏風絵は会場が混み過ぎていると「引き」でちゃんと見れないので、構図がよくわからない。また、皆が感嘆の声を上げていた巨大な「仏涅槃図」も、本法寺で毎年涅槃会のシーズンに一定期間公開されているもの。本法寺にはこの涅槃図を吊るすスペースがちゃんとあるので、そこできちんと見た方がこの絵の面白さはわかると思う。

一方、肖像画や水墨画は有名な割に公開されることが非常に少ないので、今回は貴重な機会となった。肖像画では「武田信玄像」「千利休像」といった教科書レヴェルの重要作が見られるのが鳥肌もの。水墨画では隣華院の「山水図襖」、龍泉庵の「枯木猿猴図」、真珠庵の「蜆子猪頭図襖」等々、どれも本物が見れて良かったという作品ばかり。そして「松林図屏風」に関しては、もはや語ることは何もない。何度対面しても新しい発見がある。今回は、「月夜松林図屏風」と同じ部屋で比較できたところも面白かった。

「松林図屏風」の影響か、等伯は永徳に比べると地味なイメージを持たれがちな絵師だ。しかし実際はとてもエネルギッシュで多彩な活動をした人で、人生も実にドラマチックで面白い(最後は江戸で亡くなっているのだ)。これを機に一般的な知名度が上がるといいなあ、と桃山&江戸絵画ファンとしては思ったりする。

音声ガイドの松平さんの「そのとき、歴史が動いたのです」 には爆笑。

5月9日まで。

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乳白色の壁画

Img015僕が学生の頃(バブル末期から崩壊ぐらいまで)、東京の多くの百貨店には小さなミュージアムがあった。規模的にはギャラリーに毛が生えたようなものなのだが、さすが時代が時代だけあって、有名作家の展覧会がひっきりなしに開かれていた。僕はもともと海外育ちで、子供時代にヨーロッパの有名な美術館はほとんど訪れていたのだが(これは非常に重要な体験だった)、それに加えて学生時代に浴びるようにたくさんの絵を見たことが、現在まで続く美術好きを決定的なものにしたように思う。バブル崩壊後しばらくすると、どの百貨店もいそいそと文化事業から撤退し、次々と自分たちのミュージアムを閉鎖してしまった。昨今ではバブル期は戯画的に描かれることが多いけれど、文化的には日本人に多くの「本物」を見せてくれた良い時代だったと思う。もちろん、その本質を享受するだけの知的成熟が全体的に不足していたということは否めないけれど。

大丸ミュージアムKOBEは、そうしたデパート・ミュージアムの関西における生き残りだ。いや、おそらく神戸という土地で商売する百貨店としての誇りをもって、この不況の時代でも文化事業に一定の力を注いできたのだと思う。お気楽な企画もしばしばやるけれど、採算を完全に度外視した力の入った企画が見られることも多い。そしてこの「よみがえる幻の壁画たち レオナール・フジタ展」もそのひとつ。

「乳白色」で有名な20年代のフジタではなく、30年代の壁画大作や、戦後にフランスに渡ってからの生活、そして最後の作品であるランスの「平和の聖母礼拝堂」をテーマにした展覧会。再現されたアトリエも面白いが、一番の目玉は1928年に描かれた4点の大作壁画「構図」と「争闘」の同時展示だろう(「最後の日本公開」というのが謳い文句)。20年代のフジタの集大成とも言われるこの大作からは、確かにギリシャ・ローマ的群像表現という西洋美術の根源に、日本人としてどこまで迫れるかというフジタの意気込みが感じられる。緻密で周到な人物配置による、4枚を並べたときに作られる構図の見事さ、それにもかかわらず細部に迫ったときの筆の情感の豊かさ、細やかさというところにフジタの出した回答が見えるような気がする。ただ、この筋肉表現はやっぱり僕にはわからない。フジタが編み出した描法は、解剖学的な肉体描写とは根本で合致しない点があるのではないだろうか。しっとりして滑らかな肌の表現は悪魔のように魅力的だけれど、盛り上がる筋肉には生気が感じられない。寝転がる猫の毛の柔らかさ、愛くるしい表情に比べると圧倒的な差がある。なお、「争闘」の何人かの人物が柔道技をかけているのが面白い。

去年巡回した「没後40年 レオナール・フジタ展」(関西に巡回しなかった・・・怒)の関連企画らしいが、フジタ好きにはやはり見逃せない展覧会だと思う。図録はすでに完売。もっと早く行っておけばよかった。

28日まで。

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硬く滑らかなエロティシズム(卵の殻のように。)

Img013いま、兵庫県立美術館では「ジブリの絵職人 男鹿和雄展」をやっている。なかなか盛況のようである。それはいいのだが、もしジブリを観に行ったならば、ついででいいから、ぜひ常設展(コレクション展)の片隅でやっている「山本六三展 幻想とエロス」にも足を運んでみることをおすすめする。あ、でもお子様は不可。なぜって、そりゃあ。

僕が山本六三(やまもと・むつみ、1940‐2001)を知ったのは生田耕作訳のバタイユ「初稿 眼球譚」の挿絵だった。60~70年代の日本の前衛芸術の雰囲気を醸し出しつつも、それにとどまらない不思議な魅力に溢れる作品だ。でも、この人が神戸在住だということは、この展覧会の告知を観るまでは全く知らなかった。

この小展覧会では、初期の習作から晩年の油彩画に至るまでおよそ80点が展示され、この人の画業が一望できるようになっている。私が好きなのはやはり60年代から70年代にかけての銅版画(エッチング)。独学で始めたというのだから凄いものだ。細い線を連ねて紡ぎだされる、幻想的かつ暗黒のエロス。しかしそこに情念的な濁りはなく、どこか即物的(あるいは幾何学的)で、解剖学教室の戸棚に置かれた骨格標本のようにからりとしている。澁澤龍彦が好んだというのも十分理解できる作風だ。

僕は知らなかったのだが、80年代からはオルフェウス、スフィンクス、イカロスなどを題材にした油彩画が画業の中心だったらしい。古代ギリシア的なモチーフによるこれらの作品は、少年少女愛、同性愛、アンドロギュノス的なエロスを内包するもので、非常に妖しいオーラを放っている。こうしたテーマの書籍の装丁や雑誌の特集号には欠かせない美術家となっていたことが、今回の展示作品からもわかる。僕はこの作家を70年代までの硬質な銅版画と結び付けて考えていたので、意図的にマニエリスティックなこれらの作品は意外だった。しかしむしろ多くの読書人にとっては、こちらの方が「山本六三」のイメージとして流通しているのかもしれない。展示解説では19世紀末の象徴主義と結び付けられており、確かに図像としてはそう感じられる部分もあるものの、そういう既存の美術史的文脈には回収できないような、20世紀末ならではのエロス表現が意図されているようにも思う。

それにしても早逝である。没後の本格的な回顧展は昨年ようやく開かれたらしいし、今後改めて評価が進む作家だろう。決してメインストリームではないが、無視できない不思議な存在感がある。

3月14日まで。

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ウィーンの記憶

Img012今年2009年は日本とオーストリアが修好通商条約を結んで140年という記念の年に当たり、「日本オーストリア友好年」の催しが各地で開かれています。私の今年一番の大仕事もこれに関わっていて、今年の夏は2回もオーストリアに行ってしまいました。ハプスブルク家やウィーンに関係した展覧会も多く、全国を巡回しているこの展覧会もそのひとつといえるでしょう(大阪会場はサントリー・ミュージアム[天保山])。ウィーン・ミュージアムのコレクションを中心とした展覧会。クリムトとシーレを前面に打ち出してはいますが、展覧会の内容としてはウィーン世紀末の絵画(商業美術も含む)を俯瞰することで、当時のウィーンの美術界の状況を示そうとしたものということでしょう。派手な展覧会ではありませんが、ほどよい作品数でゆっくり見ることができます。シーレ好きの私としては、肖像画「アルトゥール・レスラー」を見ることができて嬉しかったのと(これを描いてもらって喜んだレスラーは相当進んだ感覚の持ち主であったに違いない)、マックス・オッペンハイマーが描いたシーレの肖像の手指がシーレの絵そのままに長いのが印象に残りました。オスカー・ココシュカの絵本「夢見る少年たち」も素晴らしい(これは絵本の形式でぜひ読んでみたいものです)。これまで、ウィーン工房の絵葉書はきれいだとは思ってもそこまでの執着はなかったのですが、若きココシュカのスタイルには非常に魅了されました。

日本の美術館でこれらの作品を見ていると、自分の中のウィーンの記憶、あの都市の持つ魅力的なアトモスフェアが微かに、ゆっくりと立ち上がってくるのを感じます。もう一度ウィーンに行って、あの町の空気の中で、これらの美術作品を見てみたいという思いにとらわれるのです。これらの絵は、ひとりひとりの作家の個性の表現であると同時に、ウィーンという都市からの贈り物であることに改めて気付きました。

12月23日まで。

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西洋絵画の死

Rothko_2少し前のことだが、「マーク・ロスコ 瞑想する絵画」展を千葉県佐倉市の川村記念美術館で観てきた。テート、川村記念、ワシントンのナショナル・ギャラリーなどが所蔵する、いわゆる「シーグラム壁画」が一堂に会した展覧会。決して行きやすい場所にある美術館ではないにもかかわらず、大きな話題となり、かなりの集客であったときいている。悦ばしいことだ。

抽象表現主義の作家の多くがそうなのだが、ロスコの作品も「体験」してみなければその真価はわからない。巨大な画面に取り囲まれた会場の部屋は、一種の瞑想空間と化す。まさにそれこそがロスコが望んだことだ。近づいてよく見ると、暗めの赤一色に見える画面が、何層もの絵の具の塗り重ねで作られ、実に豊かなニュアンスに富んでいることがわかる。色彩に包まれた鑑賞者のまなざしは、絵画の上でさまよい、ゆらぐ。その体験もまた不思議なものだ。神秘主義的な精神を強く感じさせるこれらの作品が、カバラ思想に関わっているのかどうか私にはわからないし、それがあまり作品の理解を助けるとも思えない。ひたすらこれらの絵から放たれているヴァイブレーションを浴びることだけが、ロスコに近づく道だと感じてしまう。しかし、これらの作品はやはりどう見てもフィリップ・ジョンソンの「フォー・シーズンズ」にかけられるようなものではないだろう。それはほとんどアイロニーだ。ロスコは描きながらこのプロジェクトの破綻をすでに感じ取っていたと私は思う。別室で展示されている、ロスコがノーマン・リード(当時のテート館長)にあてた手紙の数々も非常に興味深かった。

それにしても、ロスコの作品からどうしても「死」をイメージしてしまうのは、彼が両腕を切り開いて自殺したことを知っているからだろうか。「シーグラム壁画」を描いている頃のロスコはむしろ創作の絶頂期にあったといってもいいほどだが、その暗い赤はどうしても血の色のように見えてきてしまう。それが妄想だとしても、ギリシャ神殿から強いインスピレーションを受けて描かれた柱のような長方形の形態は、「崇高な滅び」のイメージを見る者に与えずにはおかない。そして晩年の「ロスコ・チャペル」に通じるような、黒の複雑なニュアンスで満たされた作品群からは、まぎれもない葬送のイメージが立ち現われてくる。

以前にお会いした藤枝晃雄さん(武蔵野美術大学)が、「タブローとしての西洋絵画の最終形態が抽象表現主義であり、そこで西洋絵画の歴史は終わった。そこから後はキッチュしかない」という趣旨のことをおっしゃっていた。ロスコの作品を見ると、その思いはますます強まる。彼は抽象表現主義の死、いや西洋絵画の死を、自らの死として引き受けたのではないだろうか。そして作品はいつまでも残る。画面からかすかな熱を放射しながら。

6月7日まで。

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ボッティチェリ未満

Img008京都文化博物館で開催されている「イタリア美術とナポレオン」展を見た。コルシカ島のアジャクシオ市にあるフェッシュ美術館のコレクション展。この美術館のコレクションの基礎を築いたジョゼフ・フェッシュ枢機卿は、かのナポレオン1世の叔父にあたるのだそうで、ナポレオン時代に権勢を得て財をなしたのだろうなと想像する。収蔵作品の数は凄いらしい。この展覧会の一番の売りになっているのが日本初公開というボッティチェリの「聖母子と天使」。若描きで、まだ後年のボッティチェリの画風ではない。むしろ師であるフィリッポ・リッピそっくりで、もしその後ボッティチェリが有名になっていなければ、「リッピ工房作」とされていたかもしれないような作品。繊細で、いい絵ではある。他の作品は、ベッリーニの聖母子像などは好きだが、通りいっぺんというか、宗教画、ヴァニタス的静物画、風俗画、ベドゥータ、19世紀前半のアカデミズム的な趣味の範疇であり、これといったものはない。ただ、親戚関係にあったナポレオン関係の肖像画などは、歴史的な興味をもってみることはできる。フランソワ・ジェラール「戴冠式のナポレオン1世」は有名作品だ。まあ、そのぐらいの展覧会。比較的多くの作品に解説文がついているのは良かった。

5月24日まで。

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物質化された精神のコレクション

Img007_2






杉本博司「歴史の歴史」(国立国際美術館)


不思議な個展だ。古今東西の美術品のコレクターでもあるアーティストの作品が、その蒐集品とともに展示されている。その美意識の源泉を紐解くようでもあるし、蒐集品と作品の響き合う様子に耳を澄ますかのようでもある。

私が杉本の仕事を最初に意識したのはやはり蝋人形のポートレートだろうか。歴史的人物をまるで実在の人物写真のように提示する手法のセンスの良さに舌をまいたし、触感的なディテールにこだわった写真のテクニックにも瞠目した。しかし古美術商として生計を立てていたこともあったとは知らなかった。最近ではU2が最新のアルバム「No Line On The Horizon」のジャケットに杉本の作品を採用している。杉本が近年取り組んでいる「Seascapes(海景)」シリーズの1枚だ。

No Line on the Horizon
 Boden Sea, Uttwil

アートとは技術のことである。
眼には見ることのできない精神を物質化するための。


この杉本の宣言に導かれて今回の個展は始まる。展示は膨大な化石に閉じ込められた古生物の姿を眺めることから始まり、原始的な石器類をかすめ、「海景」シリーズに移る。湾曲した壁面に並ぶ水平線の写真は崇高ですらある。テーマはおもむろに宗教に転じ、自作のリトグラフィを軸装した「華厳滝図」を皮切りに、膨大な宗教関係の文書・絵画・彫刻が陳列される。明恵へのこだわりは興味深い。古い能面のコレクション、これも何かを語りかけるようでインパクトが強い。そして当麻寺の古材(白鳳時代のもの。こんなものまでコレクションしているとは)と写真を用いた「反重力構造」。隅に置かれた昭和天皇の写真入りコンパクト「旭日照波」がやがて来るテーマを暗示する。

別部屋に、国立国際美術館が所蔵する建築写真のシリーズ(以前にも展示があった)が3点。安藤忠雄の「光の教会」の写真はとくに美しい。

第2章は明治の横浜写真から始まり、写真と歴史のテーマを静かに奏でていく。歴史上の人物の小さなポートレート、対日戦争時のルーズヴェルト内閣の写真、東京裁判のA級戦犯の写真(各人サイン入り!)。第二次大戦時の54冊の「タイム」誌、榎本千花俊の「千人針」と戦争のテーマに流れるが、しかしこの流れは唐突に断ち切られて、テーマは人間と宇宙へ移る。アポロ計画の宇宙食、地球に落ちてきた隕石の数々、月の裏側の写真。そしてテーマは美の表象へと移っていく。法隆寺や正倉院の伝来裂のコレクション、紺紙に金字で描かれた華厳経は美しい。エジプトの「死者の書」はまるでマジックで書いたかのようだ。そしてマリア像のミニアチュールを軸装した「マリア観音像」、レンブラントのエッチングを軸装した「レンブラント天使来迎図」、三十三間堂のリトグラフィとオオオニバスのリトグラフィを軸装した三幅、ここまで来るとちょっと笑ってしまうが、司馬江漢の洋風画の軸装を眺める頃には、伝統美とフェイクの感覚の狭間で混乱する自分がいる。

テーマは人体解剖図に移り、ジャック・ゴーティエ・ダゴティの頭部の解剖図や生殖器の解剖図をたくさん見ることになる。杉田玄白の「解体新書」初版もあり。部屋のひっこんだところに飾られたフランシス・ベーコン「ミシェル・レリスの肖像」を見逃すことなかれ。さらにテーマは「放電場」の写真シリーズに写るが、その電流の流れは人体解剖図の後ではやはり毛細血管にしか見ることができない。壁面のガラスが割れているのは「我思うゆえにワレあり」という作品だそうで(会場で流されている映像で制作風景を見ることができる)、マン・レイによるデュシャンのポートレイト、さらに次の部屋のリチャード・ハミルトン「『大ガラス』の地図」に対応している。

そして最後の部屋はひたすらに美しいものだけ。微細な楔形文字の粘土板、磨き上げられた碧玉の車輪石、勃起したペニスのように強靭に屹立する銅矛。古代の品々と杉本のコラボレーションもある。丁寧に並べられた翡翠の管玉「厘細録(ブロークン・ミリメーター)」、室町時代の根来経箱に詰められたブルーの古代ガラス「瑠璃の浄土」、1950年代の消毒器の上に大きさの違う勾玉を並べた「消毒済みの生命」(形態が胎児を連想させる)。はるか古代の人々が作り出した「モノ」と、杉本の美的感覚の出会いが楽しめる。

まるで映画を見ているような気持で会場を回っていたが、とても詩的で瞑想的な展示だった。ひとりのアーティストの思考を展示として具現化するとこういう感じなのかもしれない。地球が誕生して以来、人類が手を加えていないところにも実にすでにアートの根源はあるし(化石、隕石)、人類の歴史の中には「精神の物質化」としての作品を至る所に見ることができる(それが当人たちにとって美的形象と意識されていようがいまいが)。現代のアーティストの行為とは、そのような歴史的に蓄積された美的形象から学びながら、さらに「精神の物質化」を行うための技術を鍛錬していくことにほかならない。人類が積み重ねてきた時間と美的形象について、あらためて考える場となった。

どうでもいいことだけど、やなぎみわ夫妻も来館していた。最近ここでよく見る。

6月7日まで。

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看よ看よZEN・パート2

Img006_2京都国立博物館で開催中の「妙心寺展」 。前回書いた通り、あまりにも絵画の展示替えが多いことに気づき、これは後期も行かなくてはと思ったので、ゴールデンウィーク突入直前の平日昼間に再訪しました(画像のチラシも別ヴァージョンにしてみました)。結論から書くと、これは大正解。禅画に興味がある人(あまりいそうにないけど)、桃山絵画のファン(これはある程度いそうな気もする)、そうでなくても日本美術に興味のある人ならば、絶対に2度訪れるべき展示でしょう。「前期に行き損ねた!」という人も残念だけど大丈夫。なにしろ今回の最大の目玉作品のひとつ(チラシになっているくらい)狩野山楽の「竜虎図屏風」は後期しか出ていないのだから。

前回も書きましたが、墨跡・頂相が変わっても個人的にはどーでもいいんです。学芸員の永島さんには悪いけど、工芸の展示替えもそんなには気にはなりません。でもやっぱり如拙筆の国宝「瓢鮎図」は見なくてはいけないでしょう。このナマズ最高です(ちなみに昔は「鮎」がナマズを表す字であったとのこと)。賛もゆっくり読みたいですがさすがによくわかりません。図録で読むことにしましょう。

狩野元信「四季花鳥図」も4幅全部入れ替わりになっています。さらに伝元信の「琴棋書画図」も後期登場。これが並ぶと、やっぱり大徳寺聚光院の永徳作品を想起します。「琴棋書画図」のタッチは元信も永徳もほとんど同じ。真体だからとかそういう理屈を超えて、元信の影響があまりに大きいことがわかります。しかし「四季花鳥図」に関しては元信と永徳の違いは明らかです。永徳が元信から何を学び、どう発展させたのかが一目瞭然で非常にわかりやすい。これを見ていると、やっぱり聚光院の「四季花鳥図」は永徳の若書きではなく、自分の画風を完成させてからの作品ではないか、という説に肯かざるを得ません。

肖像関係も後期は凄いことになっています。まず、等伯筆であることがほぼ確実な「稲葉一鉄像」。顔の描き方が完全に等伯です。それから等伯筆という説もあった(田沢さんの解説では狩野派筆)「前田玄以像」。実見すると確かに等伯筆ではないですね。しかし、この人が等伯に御所の障壁画や祥雲禅寺(現・智積院)の障壁画を発注した張本人です。それからなんと永徳筆という説もある「細川昭元夫人像」。美人です。で、やっぱり白隠はよくわかりません。でも後期から出展された彩色の巨大な「達磨像」や、改めて「すたすた坊主」などを見ているとなんとなく親しみが湧いてくる感じになりました。

等伯は「枯木猿猴図」に代わって隣華院の「山水人物図襖」。これがまた狩野派とは全く違う線による山水図でいつまで見ても見あきない、素晴らしい水墨画。そして冒頭でも書いた狩野山楽の「龍虎図屏風」。山楽ではさらに「文王呂尚・商山四皓屏風」も展示替えで出てきました。う~ん、前回「くどい」なんて書いてごめんなさい、山楽さん。やっぱり凄いです。狩野派の筆法を確実に守りつつも、永徳の破天荒なエネルギーを受け継いだ人はやはりあなたしかいなかったのではないでしょうか。迫力満点の竜虎図は必見です。そして山雪も後期から「寿老・梅山鵲・竹鳩図」が出てるし(梅の直線的な形態が「老梅図」と同じ)、やっぱり「老梅図襖」は何度見ても視覚的な驚きと喜びを与えてくれます。

そんな感じで前期より凄い展示かもしれない後期でした。これはずるいなあ。でも実はさらに東京展しか出ていない作品というのもあって、白隠はほとんど入れ替わってます。個人的には「棄丸像」と、等伯の「豊干・寒山拾得図衝立」と、狩野永岳の「西園雅集図襖」は見たかったかな。ああ、ほんとに来館者泣かせな展示替え。

会期終りに近づくと混雑すること必至。やっぱり、看よ看よ!

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ぬるやわアート

Img005_2仕事が忙しくて行きそびれていた展覧会に、ゴールデンウィークが始まる前に行ってしまおうと思っている。そのひとつ、サントリーミュージアム[天保山]で開催中の「インシデンタル・アフェアーズ うつろいゆく日常性の美学」 を観にいった。 肩肘はらない気軽なコンテンポラリー・アートの企画という感じを目指したのだろうか。僕もさほど現代アートの作家たちには詳しくないので、今回の出展作家の中でよく知っているのは宮島達男ぐらいなものか。あとの作家は名前をきいたことがあるくらいか、全く知らないか。意図的に若手や日本では無名な人を積極的に採用している。そのほうが作品そのものに向き合えて好都合だ。佐伯洋江や横井七菜の細密でグラフィカルなドローイングが好きだ。榊原澄人のアニメーション作品「浮楼」はいつまで見ていていも見あきない秀作。トニー・アウスラーのグロテスクな顔のプロジェクションも面白いよね。さわひらきの「Going Places Sitting Down」は繊細な映像。日本人のエレクトロニカ作品を聴いているときにもこんな感覚があるよね・・・ということで僕はやっぱり日本人が作り出す感性に反応してしまうのでした。まあ意地悪く言えば、どれも微温的なニュアンスの漂う、アートとしては衝撃力や破壊力の弱い作品が目立つ。まあ今日みたいな、ちょっと風邪気味で疲れていて、コンテンポラリーアートでもぼんやりと眺めてぼーっとしたいときにはこういう作品群もいいな。

5月10日まで。

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