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タンクの中の恐怖

T0009453p1レバノン戦争の初日を、戦車で侵攻したイスラエル軍の兵士の視点から描いた映画「レバノン」。そもそも「レバノン戦争」というものを生々しく感じることが(私を含めて)多くの日本人には難しいわけだが、なんでイスラエルの兵士がレバノンに侵攻しているのか、迷い込んだ先がなぜシリア占領地域なのか、そしてなぜ友軍がファランヘ党なのか、きちんと説明できる人もなかなかいないだろう。それだけこの戦いをめぐる政治状況は混沌としているのだが、どうやらそれは戦場の兵士たちにとっても同様だったようだ。自分たちがなぜここで戦っているのか、そして誰が敵であり、誰が味方なのかさえ、上官を含め誰もはっきりとはわかっていないのだ。

この映画の最重要ポイントは、戦争映画であるにもかかわらず、カメラが最初から最後まで狭い戦車の中から出ないというアイデアである。狙撃手は照準器を通してのみ、外の世界の悲惨な光景を見る。ドラマは徹底的に戦車の中という密室で進行し、暗闇の中でスクリーンを見つめる観客たちも、兵士たちと一緒に戦車の中に閉じこもっている感覚を味わう。極限状態の中で敵に囲まれ、戦場にぽつんと取り残されること。その恐怖感を兵士たちとともに感じることが、このアイデアの狙いだ。これが、兵士たちが感じていた感覚なのだ。

泥と油と血液が混じりあったドロドロの液体が、戦車の内壁をつたってたれていく。何度も繰り返されるそのしつこいショットが、監督が感じた戦場の空気を表している。それと対比される青空の下のひまわりの映像の鮮烈さ。ひとつの視点に徹底的にこだわり、伝えたいことに集中することでできあがった、恐ろしい映像作品だ。見終わった後は茫然としてしまう。殺し殺されるというこの恐怖が現実であったということに、言葉もない。

サミュエル・マオズ監督、2009年。

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