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SNSで人は幸せになれない

001l1つい先日、ゴールデン・グローブ賞4冠というニュースも飛び込んできた「ソーシャル・ネットワーク」。マーク・ザッカーバーグがどのようにして世界最大のSNSであるフェイスブックを始めたのかを題材とした映画だ(フェイスブックの発想がアイヴィー・リーグの学生クラブ=フラタニティから生まれているというのを初めて知ったが、なるほど納得)。よくできた青春物語ぐらいかなと思って観始めたら、予想を大きく裏切ってとても面白かった。すでに出ている「現代の『市民ケーン』」という評は、まさにその通りだと思うが、もう少しだけ付け加えたい。

単なる「億万長者の孤独」というだけではなく、ソーシャル・ネットワークという「人と人とのつながり」をつくるシステムを開発した張本人が、結局誰とも人間的な関係を結ぶことができないという皮肉がストーリーの基本にあることは確かだろう。しかもマーク自身は他人と深くつながりたいと熱望しているのにもかかわらず、である。それを阻んでいるのは彼の壮大な自己愛であり、コンプレックスに基づく自己顕示欲だ。そしてそのようなマークの姿は、実はSNSにどっぷりとつかってしまっている私たちの姿に重ねられていることを作品からきちんと読みとらなければならないだろう。彼がフェイスブックに登録したかつてのガールフレンドにメッセージを送り、執拗に何度もリロードしてメッセージが返ってきているかを確かめようとする姿は、自己愛にまみれながら、毎晩PCに向かって誰かと「つながろう」としている私たち自身の姿そのものなのだ。

しかしながら、作品全体としてはそういう特定の解釈をあまり押し付けてはこない。マークの姿(あるいはフェイスブックにまつわることのすべて)を多義的に描いていると感じられる。私よりももっと若い世代で、ITベンチャーに近い業界の人などは、マークという人物に強い親近感を持って感情移入して見るだろうし、ナップスター創業者のショーン・パーカーのスタイルを「クール」と感じたりするだろう。マークをアイデア盗用で訴える双子兄弟(これを実はひとりで演じていることに驚き。ティム・バートンのハンプティー・ダンプティーどころではない、驚くべき完成度)の主張に共感する人だっているかもしれない。ある意味、この物語に「悪人」はいないのだ。現在進行形の物語だけに、価値判断は観る人に委ねたいという監督の意図があるのだろう。だから先述したことも私なりの感じ方なのだが、SNSに一度ははまりながらもやめてしまった(そしてそれを本当に正解だったと思っている)私としては、ネットでのヴァーチャルなつながりのあり方がいかに進化していこうとも、深く感情的なリアルのつながり―家族との談笑、友人との握手、恋人との抱擁やキス―なしには人生は絶望的に空虚だと感じる。SNSは便利だ。しかしそれで人は幸せにはなれない。そしてそのことを一番よくわかっているのが、マーク・ザッカーバーグ本人なのだと思う。

監督のデヴィッド・フィンチャーと脚本のアーロン・ソーキンは素晴らしい仕事をしている。シフト・レンズを多用した映像には強くひきつけられるし(特にボート・レースでのティルト・シフト・レンズの異化効果は面白い)、冒頭のマークのナード(オタク)節全開の高速お喋りに始まる言葉の詰め込み方がまた凄い。トレント・レズナー(ナイン・インチ・ネイルズ)の音楽も受賞に値する出来だったが、個人的にはエンディングにビートルズの Baby, You're Rich Man を持ってきたセンスに悶絶。本当に、どこまでも現代的で「クール」な作品だ。10年後に観れば、また全然違った風に感じるだろう。

デヴィッド・フィンチャー監督、2010年。

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