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No way!

Tnr1010080820005p11 人気のある文芸作品を映像化して成功を収めることは非常に難しい。その作品に接した多くの読者が、自分なりの作品世界を頭の中に作り上げてしまっているため、どんなに理想的な配役で素晴らしい映像を撮ってもすべての人を満足させることはできない。また、言語の連なりによって描かれている世界を、限定された時間内のリニアな映像表現に置きかえる上での省略や翻案も、愛読者の強い反感を招く。これらはすべて当たり前のことであり、「あの役のイメージが違う」「あのエピソードがない」という映画評は無意味である。しかし、いま公開中の「ノルウェイの森」には、そういう次元とは別の根本的な問題があるように思える。

監督はヴェトナム系フランス人であるトラン・アン・ユン。学生の頃に見た「青いパパイヤの香り」が懐かしい。この人の映像表現には確かにオリジナリティがあり、1960年代末の東京が東アジア特有の湿度と熱を帯びた無国籍の風景に見えてきたりする。おそらく彼は村上春樹の作品には興味を持っているけれども、日本文化に造詣が深いわけでもないだろうし、作品の背景となっている社会状況の細部にも無関心だろう。その結果、ヨーロッパ人が村上春樹の「ノルウェイの森」という作品をどのように受容しているか、ということをうかがい知ることのできる仕上がりになっている。その点は、まあ興味深いと言えないことはない。だが・・・。

大きな問題のひとつは女優のキャスティングである。菊池凛子はまあ置いておくとして、なぜ水原希子というモデルあがりの新人を緑という重要な役に持ってくるのか。セリフ回しのできない(というか日本語すら怪しい)素人に、村上作品独特のセリフをそのまま言わせることには相当無理がある。結果としてこの女性の造形が全くできておらず、ワタナベ君がこの女性のどこに魅力を感じているんだかさっぱりわからない。また、霧島れいか演じるレイコさんという人物の造形も不明瞭。原作ではこの人は同性愛的な傾向をほのめかされているのだが、映画ではそういう含意はほとんど感じられず、存在感が極めて薄い。それなのに最後にいきなりワタナベ君とセックスするので、まるで意味がわからないのだ(明らかに監督は原作におけるこのシーンの意味を取り違えているか、理解していない)。

もうひとつの大きな問題は、語りの姿勢だ。原作は、37歳になった「僕」が、ドイツに到着した飛行機の機内放送で「ノルウェイの森」を聴いて、深いメランコリーにとらわれることから始まる。作中の出来事はすべて音楽によって導かれた現在の「僕」の追憶であり、全体にノスタルジーの薄い靄がかかっている。物語はすべて主人公の薄れかけていく記憶における内省であり、この大前提が共有されないとこの物語をどう見ていけばよいかという視点が定まらない。しかしながら映画においてはこの前提が明確でなく、物語があたかも現在進行形のように進むため、非常に平板な印象を与えるのだ。

結果としてこの映画作品からは、「虚無感に打ちひしがれている1960年代末の日本の若者たちが、セックスだけに生のリアルさを感じつつ生きているが、周囲の人々の死を経験することで、やがて責任ある大人に成長していく」というような、何とも浅薄なメッセージしか受け取ることができない。『ユリイカ』1月臨時増刊号で四方田犬彦氏が述べているように、この作品は「日本のTV局が韓流ドラマを作ろうとして適当な人材が見つからず、原作者の推薦するヴェトナム人に監督を任せたという程度の作品」である。フジサンケイグループと電通は、本当に「いい作品」を作ろうという気があるのだろうか?

トラン・アン・ユン監督、2010年。

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コメント

Il semble que vous soyez un expert dans ce domaine, vos remarques sont tres interessantes, merci.

- Daniel

投稿: rachat de credit | 2010年12月30日 (木) 19時45分

Thank you for your comment. Though I'm not an "expert", as an enthusiast for Haruki Murakami, I was very intersted in the filmization of the novel. It was really interesting because the movie showed how French people read the novel. In fact, I thought some discriptions in the movie showed misunderstandings by the director (i.e. the relation between Watanabe and Reiko). But it was interesting anyway. I hope you visit my blog again soon.

投稿: Stern | 2011年1月 4日 (火) 23時12分

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