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Mutter, Mutter!

Mutterコンサート・ゴアとしての今年のテーマは「美人ヴァイオリニスト」。その美人ヴァイオリニスト・シリーズ、第3回目にして大物登場です。「女王」アンネ=ゾフィー・ムター。私としても初ナマとなったムターは、新譜発売に合わせてのオール・ブラームス・プロです。

2010年4月17日  兵庫県立芸術文化センター大ホール

ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.100
ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調 Op.78 「雨の歌」
ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108

ヴァイオリン: アンネ・ゾフィー・ムター
ピアノ: ランバート・オルキス


決して小さいホールではないのですが、1階席は満員。2階席以上には空きもありましたが、かなり埋まっているようでした。先日のサントリーホールのレーピンのリサイタルとはえらい違いで、ムターがケタ違いのビッグネームであることを改めて認識します。ただ個人的には、私はムターの録音をそれほど愛聴してきたわけではありません。録音を聴く限り、確かに技術的には安定しているし、素晴らしい演奏もあるのだけれど、「大好きなヴァイオリニストか?」と問われれば、そこまでではない、というのが私のこれまでのムター評でした。でもいつもの持論の通り、クラシックの演奏家は実演を聴かなければ本当のことはわからないのです。

このプログラムの順番は、最近発売されたCDと同じです(2009年録音、共演者も同じ)。ムターには1982年の録音(ピアノはアレクシス・ワイセンベルク)もあり、事前にこの両方を聴き比べてみたのですが、このふたつの録音はかなり解釈が違います。旧録音はバランスよくきっちりとまとまった演奏。ドイツ流儀の室内楽の良いところが出ていますが、逆にいえばそれほど主張の強い演奏ではない。一方、新録音は室内楽的な親密さを重視しているところは同じですが、表現は非常にロマンティック。粘っこいポルタメントなど、ここまでやるか?と思うぐらいの大胆な音使いをしているところがあります。これがムター自身の内面の変化を反映しているものであることは確かでしょう。

ムターは鮮やかなブルーのドレスで登場(公演チラシと同じもの。最近のメンデルスゾーンのCDジャケもこのドレス)。最初の第2番のソナタは3曲の中では最も「前向き」で、ピアノが前面に出る場面が多い曲なので、スターターとしては最適な選曲です。さて、まず目を奪われたのが、素晴らしいボウイング。肩・肘・手首という3つの関節を完璧にコントロールした、模範的で無駄のない動きです。スポットライトを受けて輝く、白くひきしまった腕の運動自体が、とても美しく感じられます。そして左手も完璧。音程に甘さがなく、重音もまったく濁りません。さらに、第3楽章冒頭のスルGの響きも素晴らしかった。ピアノのオルキスがまた巧い。決して鳴らしすぎて出しゃばることがなく、ヴァイオリンとピアノの滑らかな対話の流れの中で音楽を形作っていきます。

2曲目は第1番。明らかにクララ・シューマンとの思い出をテーマにした作品で、ブラームスの後ろ向きな世界にどっぷりと入っていきます。冒頭からかなり遅いテンポ、そして霞がかかったような淡い音色によって、たっぷりとしたノスタルジーが表現されます。さらに、効果的なノン・ヴィブラートの使用。これは新録音でも面白いと思ったポイントで、とくに第2楽章終結部(ピウ・アンダンテ以降)の旋律には、過去の亡霊―葬り去ることのできない想いのようなもの―がゆらゆらと立ち現れたような不思議な感覚があります。音楽はときどきふっと立ちどまり、また静かに始まる。この演奏を聴きながら、やはり私はムター自身の人生を重ね合わせずにはいられませんでした。

休憩後に3番。最もブラームスらしい、人生の黄昏を感じさせる音楽です。ムターは冒頭からかなり速いテンポをとり、晩年のブラームスの中に渦巻く暗い情熱を表します。音色も一転してクリア。第2楽章のアダージョはじっくりと聴かせますが、クライマックスの重音の個所でも煽りすぎることなく、あくまで寂寥感が基調にあること(あきらめとしての詠嘆)であることを明確に打ち出します。このあたり、実に見事な解釈。フィナーレは再びピアノと一緒に情熱的に突き進み、息のあった完璧なクライマックスを築きます。

あー、凄いです。これは凄かった。たまたま先日レーピンで3番を聴いていたので、どうしても比較してしまうのですが、格が違うという言葉を使いたくなります。確かにレーピンはちょっと調子が悪かったのですが、それがなくても音楽の密度が全然違う。オルキスに比べればゴランは弾き過ぎだし、デュオそのものが室内楽というよりもコンサートホールを意識した派手な表現になってしまっていた。どちらがブラームスがこのソナタに込めた感情を的確に表現していたかといえば、それは間違いなく今回のムターの演奏でしょう。

盛大な拍手に応え、何とアンコールは5曲(!)。

ブラームス: ハンガリー舞曲第2番
ブラームス: ハンガリー舞曲第1番
ブラームス: 子守唄
マスネ: タイスの瞑想曲
ブラームス: ハンガリー舞曲 第7番

ハンガリアン・ダンスの物凄いボウイングも聴きものでしたが、私が強い感銘を受けたのは「タイス」。これは、いわば手垢のついたようなアンコール・ピースです。彼女であればもう何千回、何万回と弾いてきたような曲で、軽く流すこともできるはずです。しかし、そこにムターは深い感情を込めて、音を楽器から絞り出すようにじっくりと丁寧に音楽を紡ぎあげていました。「タイス」にここまで心を動かされるとは。プロの表現者とはかくあるべきです。一気にファンになってしまいました。

文句なくスタンディング・オヴェーションに相当する演奏だったと思います。終演後はサインを求める長蛇の列。さすがにちょっとお疲れ気味ではありましたが、オルキスに「スーパースターになったみたいね」なんて呟きながらサインをするムターは、やっぱり素晴らしいプロフェッショナルなのでした。

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コメント

今日、私も神奈川県立音楽堂で聞いてきました。生で初めて聴きますムターさんです。強い感銘を憶えました。そぞろ、感動を禁じえません。マスネのタイスの瞑想曲もあったのですね。それも聴きたかったです。

ちょうど、アイスランドの噴火で、欧州へのフライトが制限されている現在、もう1週間日本に滞在、そして臨時講演開催、なんていうことを期待しては、ばちがあたるでしょうか?

投稿: はんきち | 2010年4月18日 (日) 23時37分

>はんきち様

はじめまして。コメントありがとうございます。
横浜公演も良かったようですね。アンコールは全部ブラームスだったのでしょうか?私もムターの実演は初めてだったのですが、やはり素晴らしいヴァイオリニストだと実感しました。
奇跡の追加公演があるかどうかはわかりませんが、ひとりでも多くの日本の音楽ファンに彼女の音楽を味わってもらいたいと思いました。今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: Stern | 2010年4月19日 (月) 00時04分

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