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Covered Beatles (9) Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 編

不定期更新の Covered Beatles です。ようやくロック音楽の金字塔「Sgt. Pepper's」にたどりつくことができました。このアルバムに関してはカヴァーがたくさんあるので、誰のどんなヴァージョンを選ぶか、かなり迷います。しかし、やはり方針は最初に決めた通り。代表的なカヴァー・ヴァージョンがある曲はできるだけそれを選びながら、通して聴くコンピレーションとしての流れが良いように。そしてもちろん、全部違う人のカヴァーで。

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1) Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band / Bill Cosby (from "Sings Hooray for the Salvation Army Band!" 1968)
タイトル曲はやっぱりジミ・ヘンドリックスか?それともビージーズか?いやいやチープ・トリックもあるぞ・・・といろいろ考えられるのですが、僕のお気に入りはフィラデルフィア出身のコメディアン、ビル・コスビーのセカンド・アルバムに収められたカヴァー。ユーモアたっぷりの渋い歌いっぷりは、それっぽい女性コーラスも入って、とってもグルーヴィー。「ワシントン・ポスト」の一節が挿入されるのも、絶妙なセンス。

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2) With A Little Help From My Friends / Joe Cocker (from "With A Little Help From My Friends" 1969)
この曲のカヴァーは本当にいろいろあります。いい曲です。でも1曲だけ選ぶとすれば、やっぱりジョー・コッカーしかないでしょう。本当はジョー・コッカーには他にも選びたいビートルズ・カヴァーがたくさんあるのですが、1曲だけ選ぶとしたらこれ。1969年のデビュー・アルバムに収められています。リズム&ブルースの感覚をたっぷり取り入れた、あまりにも有名なカヴァーです。

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3) Lucy In The Sky With Diamonds / Elton John (from "Captain Fantastic and The Brown Dirt Cowboy" 1975)
このエルトン・ジョンのカヴァーも有名。ビートルズ・カヴァーとしては5本の指に入るものでしょう。原曲の幻想的な味わいはそのままに、エルトンらしい味付けを加えた素晴らしいトラックです。エルトンの声がこの曲にとても合っているんですね。最後にリズムがレゲエになるところもいいです。

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4) Getting Better / Gomez (from "Abandoned Shopping Trolley Hotline" 2000)
選び直しました!イギリスの人気インディー・バンド、ゴメスの未発表曲コンピレーションに収録。イギリス出身なのにアメリカ南部的なサウンドが売りのこのバンドらしい、ボトルネック・ギターによる印象的なバッキングと、対照的な個性を持つふたりのヴォーカリストによる歌。タイトでかっちりとした印象の原曲を、アーシーな味に仕上げています。これは面白い。

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5) Fixing A Hole / Marcelle Gauvin (from "The Edge of The Pond" 2002)
東海岸で活躍するジャズ・ヴォーカリスト、マルセル・ガウヴィンのアルバムより。この人は全然有名ではありませんが、この曲をジャズにしようという発想は凄い。それもベースとのデュオです。このベースが異様にかっこいい。ブリッジで速い4ビートになるところなどアイディアものです。ビートルズはジャズに合うなあ。

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6) She's Leaving Home / Syreeta (from "Syreeta" 1972)
ハリー・二ルソンにもいいカヴァーがありましたが、ここではスティーヴィー・ワンダーの奥さんだったシリータ・ライトのファースト・アルバムから。このクラシカルな佳曲を完全に「ソウル化」している非凡さを買いたいと思います。シリータの歌も良いですが、プロデューサーであるスティーヴィーの音楽ですね。スティーヴィーがヴォコーダーでコーラスを歌い始めると、もうスティーヴィーの曲にしか聴こえないし。ところで、シリータは2004年に亡くなっていたんですね。ご冥福をお祈りします。

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7) Being For The Benefit of Mr. Kite! / Billy Connolly (from George Martin "In My Life" 1998)
この曲のカヴァー選びは難しい。原曲の「作りこみ方」が尋常ではないので、どんなカヴァーも物真似の域を脱しない。ビートルズ・カヴァーではしばしば起こることですが、この曲の場合は特にその傾向があります。迷ったあげく、「5人目のビートルズ」というべきプロデューサー、ジョージ・マーティンのアルバムから選びました。イギリスのコメディアン、ビリー・コノリーを起用したこのカヴァーは、この曲の歌詞である「呼び込みのセリフ」をまさに「呼び込み」としていて、ヘタに「歌」にしようとしていない。それが、ジョンが描きたかったところのフェアグラウンド・アトラクションの風景を彷彿とさせて、この曲のカヴァーとしては私の聴いた限りでの唯一の成功例だと思います。サウンドの作りこみ方もビートルズに負けていない・・・ってプロデューサー本人のリメイクだから当たり前か。

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8) Within You Without You / Sonic Youth (from "Daydream Nation" 1988 [Deluxe Edition])
ソニック・ユースを代表する名盤の、デラックス・エディションに収録されたボーナス・トラックより。原曲のラーガ・サウンドをノイズ・ギターの洪水に置き換えた、グランジ流のトリップ・ミュージックに仕上がっています。でかい音で聴くと圧倒的迫力。サーストン・ムーア凄いです。

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9) When I'm 64 / John Pizzarelli (from "Meets The Beatles" 1998)
ポールも64歳を過ぎてしまいましたね・・・。キース・ムーンのカヴァーも悪くはなかったのですが、音楽的な完成度からするとこのジョン・ピザレリが好みです。もともとボードヴィルっぽい曲調なので、スタンダード・ナンバーのように扱ってナット・キング・コール風に歌うという戦略がはまっていると思います。間奏のギターやクラリネットのソロも小粋。

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10) Lovely Rita / Fats Domino (from "Fats Is Back" 1968)
ポールはファッツ・ドミノも大好きなのでしょう。この曲はもともとファッツ・ドミノのスタイルにちょっと似ているところがあるので、これは先祖帰りカヴァーといったところ。ビートルズにトリビュートされて、ファッツもご機嫌です。このアルバムには「Lady Madonna」のカヴァーも収められていますが、よく考えたらこの曲もファッツ・スタイルですね。あとファッツには「Everybody Got Something To Hide Except Me And My Monkey」のカヴァーがあって、これもとても良いです。

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11) Good Morning Good Morning / Frankenstein 3000 (from "America's Hit Remakers" 2005)
いろいろとカヴァーのしがいのありそうな曲に思えますが、これぞ!というヴァージョンがないな~と思っていて itunes で発見した1曲。目覚まし時計のSEで始まるアイディアもいいですが、こういうパンク的解釈が素直で楽しい曲です。トーストをかじるイギリスの朝というよりも、シリアルをかきこむアメリカの朝という感じですが。

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12) Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise) / The Cast (from Original Soundtrack "Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band" 1978)
ビージーズやピータ・フランプトンなど70年代のビッグ・アーティストが参加したミュージカル映画のサントラ(ジョージ・マーティン・プロデュース)。オール・キャストによるフィナーレのコーラスですが、選曲のポイントはいかにも70年代なディスコ・タッチになっているところ。キメのアレンジが決まってます。

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13) A Day In The Life / Captain (from "Mojo presents Sgt. Pepper ...With A Little Help His Friends" 2007)
この選曲が難関でした。このカラフルな大作をしめくくるカヴァー・ヴァージョンは、いったいどんなものがしっくりくるのでしょうか?ウェス・モンゴメリーの名カヴァーは大好きですが、この位置ではない。スティングのライヴもいいけど、ちょっと取ってつけたような感じがする。ジェフ・ベックのヴァージョンは確かに感動的、でもやっぱり「歌」がほしい・・・。最終的に選んだのが、音楽雑誌「Mojo」の付録盤に入っていたカヴァー。このバンドについては全然知りませんが、インディーズのギター・バンドなのでしょう。一夜のショーの余韻を受けるように始まる抒情的なイントロ、ネオ・アコっぽいハイ・トーンのヴォーカル、凄くいいです。これで決まり。

後期になってくるとカヴァーの質もどんどん高くなっていきます。次回は「Magical Mystery Tour」。

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めんこん。

100212l1美人ヴァイオリニスト・シリーズ第2弾ということで、堀米ゆず子さんです。・・・え、ちょっと強引でしょうか・・・確かに、カザルスホール・カルテットの頃に比べれば「お母さん」という感じですが・・・おきれいな方だと思います。

2010年2月12日 @ザ・シンフォニーホール
大阪センチュリー交響楽団 第148回定期演奏会
指揮:小泉和裕
ヴァイオリン:堀米ゆず子

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ブルックナー:交響曲第6番 イ長調

堀米さんの音は割と細め。弓の当て方が軽い、というか無駄な力を入れないで発音している感じ。でかい外人のようなパワーはないので、細かいパッセージなどオケの音量に勝てないところがしばしばあるのだけれど、音色は清々しく美しい(楽器は1741年のグァルネリ・デル・ジェス)。過剰な演出はなしに、さらさらと流れる川のような音楽を作り出していくのが、この曲の場合は正解。第2楽章の中間部で、ふわりと風をはらんだような広がりが感じられたのが気持ち良かった。第3楽章冒頭のレチタティーヴォをかなり「語り」っぽくやったのも面白い。

ブル6の第1楽章がどうもしっくりこなかったのは僕だけでしょうか。どのセクションもかなり頑張っているのはよくわかるのだけれど、オケ全体がなかなかひとつの音楽にまとまらず、空回りしている感じ。しかし、第2楽章の弦の響きが深く(こういうのは小泉さんはうまい)、ブルックナー的な森の中というよりも、光がわずかしか差さない深海にどこまでも潜っていくような感覚があった。そこから先はオケもまとまって、フィナーレは良かった。本当はもっとスケール感が欲しいのだけれど、このオケならではのブルックナーという感じ。

さて、次は誰か・・・。

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「虐殺の森」を生きる

6815011僕はポーランドのクラカウ(クラクフ)に仕事で行ったことがある。もう5年ぐらい前のことだ。日本ではまだあまり知られていないが、とても美しい街だ。スクリーンで見て、また改めて行きたくなった。

アンジェイ・ワイダ監督の新作「カティンの森」を観た。戦後長らくポーランド国内においてタブーであった「カティンの森事件」が映画化されるのは、今回が初めてのことだという。ワイダの父親はこの事件でソ連軍に虐殺された15000人のポーランド軍将校の中のひとりであり、ワイダはポーランドが民主化された1990年ごろから映画化を熱望していたという。齢81歳にしての完成は、悲願の成就と言えよう。まさに執念である。

映画はワイダの両親―スモレンスク郊外の森の中で頭を撃ち抜かれて殺された父と、その父親の死を信じることができないまま世を去った母―に捧げられている。しかしワイダは「この映画がわが個人的な真実追求になることを・・・私は望まない」と語る。父への個人的な思い、その感傷で作品を満たすことは、この事件の意味を個人的なメモワールの領域に回収してしまうことにつながる。そうではなく、ポーランドの人々が抱えてきた、そしてこれからも抱え続けなければいけない歴史的記憶としてこの事件を物語化すること、それこそがこの作品の主眼なのだと思う。

だから作品は「残された人々」を主人公として描かれる。夫を連れ去られた妻たち、父を連れ去られた子供たち、兄を連れ去られた妹たち。肉親の死をどうしても信じることができず、かすかな希望に縋って生きている人々。やがて明らかになったカティンの森の虐殺事件は、ドイツの占領下ではソ連軍の蛮行と言われ、ソ連の占領下ではナチス・ドイツの犯罪的行為とプロパガンダされる。そして、残された人々の間に広がっていく溝。自分が生き延びていくためには、肉親を殺した相手の血まみれの手と握手して、自らに嘘をつき続けなければいけないのか?架空の物語でありながら、監督自らが、そして戦後ポーランドの人々が体験してきた生活のディテールが織り込まれることによって、ぞっとするようなリアリティが生みだされている。事件の真相が公に語れるようになる90年代まで、ポーランドの人々の心の中に溜まっていったものを思うだけで、胸が痛む。

観ている途中で、あえて虐殺のシーンを描かないという選択肢もあるのかもしれない、とも考えた。何らかの方法で、観客の想像力に委ねるというやり方が。しかしワイダは、やはりそういう道は選ばなかった。作品の最後に置かれた虐殺シーンは、映画史上最も凄惨なものではないだろうか。恐怖に顔を歪める将校たちを、ソ連兵たちはまるで機械のように次々と「処理」していく。後ろ手に縛り上げ、後頭部から拳銃で打ち抜く。額から血を噴き出してぶっ倒れる人間を、壁に穿たれた「通路」から運び出し、床や壁に飛び散った大量の血を水で洗い流して、拳銃に弾を装填して次の犠牲者を連行する・・・。緻密に再現された虐殺者たちの手口。80歳を超えた老巨匠が、暴力と不正義に対するありったけの怒りと憎しみを込めてこのシーンを撮っている。そしてそのことに観る者は戦慄し、深く打ちのめされる。

虐殺シーンの後、画面は漆黒の闇に包まれ、ペンデレツキの「ポーランド・レクイエム」が流れる。殺されたものの鎮魂のために。そして、映画は終わる。この「出来事」の後には、もはや何も語ることはできないというように。

ワイダはこの作品が、「カティンの森事件」を語り継いでいくための新たな出発点となってほしいと意図している。この作品は、後に続く若い世代に向けたワイダの遺言なのかもしれない。そして日本でこの作品を観た僕たちは、もちろん自分たち自身のことを考えなくてはならない。僕たちもかつて、ポーランド人やナチス・ドイツやソ連軍と同じように、残虐に殺したし、残虐に殺されたのだ。兵隊だけではなく、非戦闘員も巻き込み、巻き込まれながら。そしてその忌まわしい記憶はいまも生き続けている。その記憶を隠蔽しようとする人々、殺した側に都合のいいように記憶を書き変えようとする人々は、どこの国にもいる。僕たちは死者の声に誠実に耳を傾けなければいけない。殺した人間の大声ではなく、殺された人間のか細い声に耳を澄まさなければならない。そして、「残された人々」の悲しみと怒りに向き合わなければならない。

その倫理は、ワイダが描いたこの凄惨な「虐殺」を、自分のこととして生きる覚悟があるかどうか、という尺度のもとに測られなくてはならない。

アンジェイ・ワイダ監督、ポーランド、2007年。

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