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音楽の「場」ということ

2010011517chirashi1僕は関西出身ではないし、昔からの親しい知り合いがこちらに住んでいるわけでもない。震災のときには東京に住んでいて、早朝からのニュースを茫然と見ていた。だから、被災した人たちの思いを十分に理解できるという自信は全くない。しかし、大阪に住んで様々な機会に(主に仕事で)被災者の話をきくうちに、震災という経験がどのようなものであったか、その経験の重みを感じることは多くなった。震災という出来事がひとりひとりの人生に与えた影響は大きい。それは強く、心の中ではいまだに生々しい。

2010年1月16日(土) 兵庫県立芸術文化センター大ホール
兵庫県立芸術文化センター管弦楽団 第30回定期演奏会

ヴェルディ:レクイエム

指揮:佐渡裕
ソブラノ:並河寿美 メゾ・ソプラノ:林美智子
テノール:松本薫平 バリトン:成田博之
合唱指揮:清原浩斗
合唱:オープニング記念第9合唱団、大阪ヴェルディ特別合唱団
演奏:兵庫芸術文化センター管弦楽団


あまりに音楽がポータブル化してしまった現代ではつい忘れがちだが、本来音楽を聴くという行為は「いま―ここ」という「場」の経験である。録音技術の発達はこの経験のあり方を大きく変容させてしまったが、近代のクラシック音楽という芸術形式はこの「場の共有」を大きな前提として発展してきたものだ。どういう「場」で演奏されるか、ということがクラシック音楽を聴くという経験の本質的な部分を占めていると僕は考える。今回の演奏もそれを強く感じさせるものだった。

感想を正直に書くと、前にも感じたのだがこのオケは僕が普段聴いている在阪オケと比べると技術的にやや見劣りする。ミクロン単位で合わせなければ凄味が出ないところがそうなっていないし、全体の鳴り方がパワー不足だ。4人のソリストは悪くはなかったが、ヴェルディらしい声の魔術を感じさせてくれるほどではなかった。ただ、合唱は素晴らしかったと思う。この音楽への真摯な向き合い方がまっすぐに伝わってきた。また、佐渡の指揮は非常に切迫した表現を求めているところがあり、それはヒリヒリするぐらい伝わってきた。死者を思う祈りの表現も深く重く響いた。しかし、音楽をそういう方向にもっていっているのは、会場の聴衆を含めたこの「場」なのではないか?

たとえば、「怒りの日」の大音響の中で合唱が、

怒りの日、その日は、
ダヴィデとシヴィッラの証しのとおり、
世界を焔の中で溶かしてしまうだろう。


と叫び、「リベラ・メ」の冒頭でソプラノが、

主よ、永遠の死から私をお救いください。
天も地も揺れ動き、
火によって世をお裁きになる
その恐ろしい日に。

と語るとき、この地を襲った震災の光景(聴衆の大部分にとってはそれは自分自身のリアルな経験でもある)を誰しも思い起こすだろう。そして、聴衆はこの祈りの歌を自分にとって名前のある特定の死者に向けた追悼の音楽として聴く。そのとき、この場で鳴り響くヴェルディのレクイエムは単なる音楽以上のものになる。それは演奏が良いとか悪いとか、そういうことを無意味にしてしまうような経験だ。こういう「場」で音楽を経験するということは、音楽を聴くということの本質はどういうことなのか、ということを改めて考えさせてくれる。

アンコールはバーンスタインの「キャンディード」より終曲「Make Our Garden Grow」。これもまた、力強い復興のイメージとして会場の人々の心に響いたことと思う。

震災15年となる17日の演奏はどうだったのだろうか。

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コメント

 Sternさん、こんばんは。以前「トリスタン」の記事で
お世話になりました、「オペラの夜」です。今回は同日の訪問で
ご一緒だったのですね。

 震災への想いは、個人の経験した揺れの大きさによって
その濃淡が違って来るもののようです。あの胸塞ぐような光景を
忘れることはありませんが、それでも記憶は年々と薄れます。
このような機会を大切にしたいと思います。

投稿: Pilgrim | 2010年1月27日 (水) 20時53分

>Pilgrim様
コメントありがとうございました。ごぶさたしております。
会場でご一緒していたんですね。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: Stern | 2010年1月29日 (金) 22時59分

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<阪神・淡路大震災15周年記念事業/PCAオーケストラ第30回定期演奏会> 2010年1月16日(土)15:00/兵庫県立芸術文化センター 指揮/佐渡裕 ソプラノ/並河寿美 メゾ・ソプラノ/林美智子 テノール/松本?平 バリトン/成田博之 兵庫芸術文化センター管弦楽団 オープニング記念第九合唱団 大阪ヴェルディ特別合唱団  あの震災から今年で15年。住まいは大阪だが、身内が被災地の中心部に住んでいて、僕も震災直後に神戸入りしたが、それを書き出すと思い切り長くなるので、ここでは止めて置く。親類縁者... [続きを読む]

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