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音楽によるダブル・イメージ

2009062f072f802ff0003980_20444948_2久しぶりに大阪センチュリー交響楽団の定期を聴きに行った。それはひとえに、プログラムにショスタコーヴィチの11番のシンフォニーが入っているから。ショスタコーヴィチのシンフォニーに関しては、5番以外はなかなかナマで聴く機会が増えない(だからこそショスタコーヴィチ専門のアマオケがあったりするのだろう)。在阪のオケのプログラムに入っているのを見つけたら、都合がつく限りはできるだけ聴きに行きたいと思っているのだが、そんな機会も決して多くない。だから今回はとても貴重なコンサートなのだ。それに、センチュリーという比較的小さい編成のオケがショスタコーヴィチをやるというのも面白い。

2009年6月18日(金)
大阪センチュリー交響楽団 第142回定期演奏会
指揮:沼尻竜典 会場:ザ・シンフォニーホール

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
(ピアノ独奏:アンナ・マリコヴァ)
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 ト短調 作品103 「1905年」

グリーグのコンチェルトは遅めのテンポでじっくりと聴かせる演奏。私はこのオケの弦セクションの透明な音色が好きなのだが、こういう音楽には実にぴったりだ。ピアニストもコロコロと鈴のような音色を流麗に転がしていく。音楽監督の小泉さんのもとでドイツ・オーストリア系の音楽を中心に活動してきたこの団体ならではの、澄み切ってどこか神秘的ですらある抒情性を感じさせる好演。マリコヴァはアンコールでチャイコフスキーの「銀の精」(「眠れる森の美女」より、プレトニョフ編)をチャーミングに披露。

そしてショスタコーヴィチ。やはり12型という、この曲としては小さく感じる弦編成だ。しかし第1楽章の重苦しい弦楽合奏の表現力は抜きんでていたし、第2楽章の管弦打一体となった爆発的な大音響の展開でもパワー不足を感じさせない(あまりの暴力的な音響にアドレナリンが出た)、第3楽章の氷のようなヴィオラ旋律は深く心に沁み入り、第4楽章のコーダと最後の鐘の圧倒的な効果も素晴らしい。聴きどころ満載の充実した演奏だった。沼尻さんの激しいアクションからは、この曲にかける強い意欲が感じられて迫力満点。家で録音を聴いているだけではわからない、「ああ、こういう曲だったんだ・・・」という深い納得感があった。聴けてよかった。

1905年1月9日の「血の日曜日事件」を描いたとされるこのシンフォニーが発表されたのは1957年。前年の1956年には、第20回党大会でのフルシチョフによるスターリン批判が行われて同盟国に大きな衝撃を与え、これをきっかけにソ連支配を脱しようとしたハンガリーに対してソ連軍の侵攻が行われている(ハンガリー動乱)。このような状況下で作曲されたシンフォニーを「革命万歳」という単純な理解で語る人はもはや皆無で、作曲者は革命時の皇帝軍による発砲事件と当時の赤軍の軍事侵攻をダブル・イメージで重ね合わせているのだろうという解釈が現在では一般的だ。そしてそれは単なる体制批判というレヴェルを超えて、「ロシアはなぜ同じことを繰り返してしまうのだろうか?」というボリス・ゴドゥノフ的な問いに到達していると考えるべきだろう。第4楽章終盤、冒頭の「むかしむかし・・・」のテーマに戻って音楽が終わるかに思われたところで、いきなりファゴットが地の底を這いまわるような倍速旋律を奏し、壮絶なコーダが始まる。この部分は美しい「物語」を突き破って歴史の「はらわた」が噴出するようなグロテスクさに満ちており、作曲者の「イイタイコト」を端的に表しているように思える。そして最後に打ち鳴らされる2台の鐘は決して勝利の鐘には聴こえず、最後の審判の無慈悲な鐘の響きだ。

非常にアイロニカルな音楽。そしていつも思うのが、ショスタコーヴィチの音楽はアイロニーであることをわかるように演奏するよりも、真剣に「赤軍万歳!」と絶叫するような態度で演奏した方がよりアイロニカルに響く。真面目にやれば政治的に文句はつけようがないし、真面目にやればやるほど聴き手にそのアイロニーが伝わる。そこが生き残るために二重言語を使い続けたこの作曲家の面目躍如たるところだ。20世紀後半という時代を代表する作曲家のマスターピース。

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