« ボッティチェリ未満 | トップページ | 私の祖父は皇軍兵士だった »

ベルリンの一夜

シューマン&バルトーク:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ(ライヴ・イン・ベルリン)
クレーメルとアルゲリッチの「ベルリン・リサイタル」(EMI)

国内盤は5月13日発売のようですが、一足お先に輸入盤で入手して聴きました。2006年12月11日にベルリンのフィルハーモニー大ホールで行われたライヴの録音。2枚組で、1枚目はシューマンのヴァイオリン・ソナタ第2番と、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(クレーメルのソロ)。2枚目はシューマンの「子供の情景」(アルゲリッチのソロ)と、バルトークのヴァイオリン・ソナタ第1番。最後にはアンコールとしてクライスラーの小品が2曲、「愛の悲しみ」と「美しきロスマリン」。考え抜かれたプログラム配置で、現在最高のデュオの一夜を追体験できるCDといえるでしょう。

シューマンのヴァイオリン・ソナタ第2番はこのデュオのスタジオ録音があるので(1985年DG)、どうしても比較して聴いてしまいます。85年盤も曲への集中力と強い表現力によって他の同曲録音とは一線を画する名盤ですが、今回はさらに素晴らしい出来となっています。ライヴならではの勢いで、スタジオ録音同様の激しいピアノとヴァイオリンのやりとりが、さらに過激になっているのがわかります。とくに、第2楽章の強迫的なリズムと第3楽章の優しげな旋律 ‐ 平穏さの中に「無」の深淵を見るような恐ろしさがある ‐ の対比が強調される点に強い印象を受けます。具体的には、第2楽章の最後の方、immer schwächer und schwächer (さらに弱く弱く)という表記がある部分の独特の表現、そして第3楽章の最後の変奏におけるアルペジオの輝きに耳を奪われました。

クレーメルによるバルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲は初めての公式録音です。曲想からしてクレーメルにぴったりですから、これはちょっと意外な感じもします。部分的な録音としては、去年出た「ギドン・クレーメル・ボックス」(Brilliant)のディスク10に第1楽章だけが収録されていました(クレジットを信用すれば1967年10月1日のライヴ、おそらくアンコールとして演奏されたもの)。この昔の録音はいかにも若き日のクレーメルらしい、少しささくれだったシャープな音によるキリキリとした演奏で、ちょっと「はまりすぎ」というか、いかにもクレーメルがこの曲を弾くとこうだろうなあ・・・というイメージに適合しすぎていて、逆に意外性に欠けているという印象を受けました。さて待望の全曲盤はというと、さすがに40年前とは全く違い、音楽的に実に深く掘り下げられています。語るように、あるいは噛みしめるように音楽を紡いでいく演奏で、その「タメ」や「ユレ」、「モタレ」が実に人間的。フレージングや音色も考え抜かれており、第1楽章の結尾ではバルトークの亡霊が顔を覗かせます。第3楽章のメロディアでは、単なる民族性の発露だけではない、故国の大地と切り離されて新大陸に追いやられた魂の嘆き、恐れ、そして祈りと希望までもが感じ取れます。そして第4楽章の無窮動を全部スル・ポンティチェロで風のように駆け抜けるのも驚き。これはもう誰にも真似できない、クレーメルならではの演奏といえるでしょう。

ディスク2の冒頭を飾るアルゲリッチのシューマン「子供の情景」は、この2枚組の中では箸休め的な存在。各曲が連続して演奏され、即興的な雰囲気の強い演奏です。まあ、現在のアルゲリッチのソロが聴けるというだけでも感動ものですね。これも彼女自身による有名なスタジオ録音(1983年DG)があります。

そしてメインプロがバルトークのソナタ1番。ヴァイオリンとピアノががっぷり四つに組んで、室内楽というより格闘技のような丁々発止のやりとりを聴かせる難曲です。このデュオによるスタジオ録音(1988年DG)は、この曲の演奏史に新たな局面を切り開いたと言っても過言ではない名演だと思いますが、今回のライヴも期待を全く裏切らない出来です。スタジオ録音同様、ふたりとも音色の魔術師のようにありとあらゆる音を楽器から引き出し、聴き手を驚かせます。とりわけこのライヴで凄いと思ったのはアルゲリッチ。繊細な薄手のガラス器のような弱音のパッセージから、グランドピアノを叩き壊さんばかりの激しい重低音のアタックまで、スタジオ録音以上の幅広い表現力を聴かせます。第1楽章再現部、アルペジオの上でゆっくりと第1主題が奏されるところなど、いったいどんなペダルの使い方をしているのでしょうか。また第3楽章、ピアノ・パートに頻出する舞曲的フレーズのパワフルさにも脱帽。そしてエンディング、超高速で駆け抜けるデュオのテクニックに、スピーカーの前でブラーヴォ!と叫んでしまうこと請け合いです。

アンコールがクライスラーというのも洒落ています。「愛の悲しみ」は過ぎ去った時代をいとおしみ、愛撫するかのようにゆっくりと。そして「美しきロスマリン」は一転、華やかで気まぐれにするするっと。このあたりの対比的な聴かせ方も実に見事。この「ベルリンの一夜」に居合わせた人は本当に幸せだったことでしょう。羨ましいな。

|

« ボッティチェリ未満 | トップページ | 私の祖父は皇軍兵士だった »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/78230/29419176

この記事へのトラックバック一覧です: ベルリンの一夜:

« ボッティチェリ未満 | トップページ | 私の祖父は皇軍兵士だった »