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マリー・ローランサン あるいは少女たちの神話

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マリー・ローランサンの生誕125周年を記念する展覧会が、サントリーミュージアム[天保山]で開かれている(5月11日まで)。日本では女性を中心にとてもポピュラーな人気のある画家だが、一方でそのポピュラリティが災いしてか、同時代のピカソやルソーなどに比べると美術史上のシリアスな評価は必ずしも高くないように思われる。彼女の作品をめぐって書かれたものには、「女性らしい」「女性ならでは」「女性的な」という形容詞が頻出する傾向があるが、近年はさらに同性愛者であったという事実に着目して、この画家の「女性性」をさらに強調する向きもあるようだ。「女性を愛し続けた女流画家が女性らしい女性像を描いた」。しかし、今回のような機会に彼女の生涯と作品を概観することによって、そうした単純な同語反復的理解を超えたより的確な考察と、これらの作品の現代における射程が見えてくるように思う。

まず、マリー・ローランサンは実はとても前衛的な作家である、ということを指摘しておきたい。彼女が初期にキュビスムの強い影響を受けていたことは有名だが、一般的には1920年代に確立された「ローランサン風」はそうした前衛的な要素を捨てたところで成立した大衆的な画風とされている。しかしながら、本展を企画した大島賛都氏の論考にもあるように、それら「ローランサン風」の作品における色面構成のあり方はもっと注目されてしかるべきだろう。線を捨て、異なる色面の連続で画面を構成する手法はセザンヌを継承したものであり、彼女がキュビスムから何を学び取ったのかを如実に示している。また彼女はそこにさらに微妙な諧調表現を加えることによって、独自の幻想性を表出することに成功している。白い肌や衣服に落ちるグレーの使い方は、実物で確認するとまさに驚嘆すべきものだ。彼女の絵画が再現性ではなく内的な感覚の追求にあることは明確であり、抽象絵画へは向かわないものの、象徴的抽象表現への志向性は明らかに見て取ることができる。

次に、マリー・ローランサンは極めて社会的上昇志向の強い作家だということを指摘しておきたい。彼女が経済的に自立した最初の女性画家だった、ということはこれまでも言われてきたが、初期の彼女の創作活動を支えていたのは、社会的成功を収めてブルジョワジーのような生活をしたいという願望だったのではないだろうか。平民出身だが教育のある母親の私生児として生を受けた彼女にとって、ブルジョワジー出身の父親への思いは愛憎相半ばする複雑なものだったであろう。彼女は一度はドイツ人男爵との結婚によってブルジョワジー願望を果たそうとするのだが、結局はニコル・グルーを始めとする1920年代パリの女性同性愛者の人脈に入り込むことで社会的成功を手にしていくことになる。個人的には、当時パリにどっと入り込んできたアメリカン・マネーと人脈(やはり女性同性愛者の)は彼女の創作活動を支えた重要なファクターだと想定しているのだが、このあたりはまだきちんと跡付けできていない。彼女が自らのレターヘッドに入れていた「私は贅沢が好き」という言葉は、そのままの意味にとるのが正しいと私は考える。

そして、彼女の作品の根底にあるのが「女性性」というよりも「少女性」であるということを指摘しておきたい。真っ白い肌と左右に離れた黒い瞳、ピンク色の小さな唇によって図式化されている非現実的な女性像は、どこかままごとの人形のような風情を漂わせている。私にはこれらの女性像は、非現実的なファンタジーの主人公になりきった少女の自己イメージであるように感じられる。ロココの貴族的な世界に憧れる少女の心が作り出した自画像。そこには初々しいエロスさえも漂っている。マリー・ローランサン自身も相当子供っぽい性格の持ち主だったようだが、若いうちは自分の中にある少女性と、現実の社会的成功を求める気持ちとの間でかなり葛藤したのではないかと私は想像する。しかしやがて時代と状況の中で自らのセクシュアリテを決定し、作品へと昇華させていったのであろう。それが彼女の人生と芸術の結論であり、完成形であっただけに、1930年代以降の彼女の作風に大きな進展がないという事実は極めて当然のように思える。1950年代になって、ほとんど外界と接触せずに1920年代と同じような作品を描き続けたマリー・ローランサンの姿には、ちょっと鬼気迫るものを感じるが。

そしてこうした作品群が日本の女性たちに人気があるというのも、私にはとても肯ける。いわさきちひろとの類似性はおそらく多くの人が感じるとは思うが、マリー・ローランサンの作品はもっと純粋に「少女的」であり、いうならば少女マンガの世界にかなり近いところに位置しているのだ。少女たちの世界だけが持つ非現実性、異界性、同性愛的エロティシズムが彼女の画面からは漂っており、それが女性たちの心を強くひきつける。日本で少女小説が大流行した大正時代に、マリー・ローランサンがいち早く注目されているという事実も示唆しておきたい。日本のマンガ文化が世界から改めて注目されている現在、アートの世界でいち早くその少女感覚を全面的に表出した作家としてマリー・ローランサンに新たなスポットを当てることもできるだろう。あまりにポピュラリティを得てしまったために、わかったような気になってしまっている彼女の作品をもう一度「読み直す」作業が必要だ。

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