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空気のはたらき

気配と余韻(初回限定盤)
気配と余韻 / 原田郁子

「もの」がそこにはないにもかかわらず、その「もの」の存在を感じさせる空気のはたらき。「気配」とか「余韻」というのはそういうものだ。そしてそのタイトル通り、このアルバムはそんな「空気のはたらき」で満ちている。

クラムボンの原田郁子の2枚目のソロアルバム。前作の「ピアノ」は、クラムボンというバンドの音楽と重なりつつも、そこに収まりきれない原田郁子の世界の魅力を余すところなく描き出した傑作だったと思う。彼女の歌とピアノによって紡ぎだされた「空気」の実に清々しく、また情感に溢れていたことは、あのアルバムを飽きることなく繰り返し聴いた人々には理解してもらえることだろう。しかし、2枚目がこう来るとは。音楽はよりパーソナルなものとなり、これはある意味ほとんど「つぶやき」である。しかし、その極限的にパーソナルな「つぶやき」が聴き手に開示する世界の実に豊かであることよ。

最近のいくつかのクラムボンのアルバムでも聴くことができたように、多くの曲にパーソナル・レコーディングや、デモ的な一発録りの手触りがある(本当にそうなのかは別として)。そこに記録されているのは(あるいはそういう音の手触りを作ることによって表出されているのは)、音楽をするという時間-空間の生き生きとしたに流れに他ならない。言い換えるならば、音楽そのものと同時に、その音楽が響いた時空の「痕跡」がこのアルバムでは非常に大事にされているように思われる(タイトルの所以だろう)。

このようなレコーディング・スタイルあるいはアルバム作りというものは、音楽家のタイプによっては非常に作為的に感じられてしまったり、逆にあまりにラフに聴こえてしまったりということも多いものだ。しかし原田郁子の場合、それがとても「自然」な感じで、しかも実に魅力的に聴こえてくる。それは、彼女の音楽の営みというものの根っこがそのような「空気の感覚」にあり、そして彼女がその感覚を常に大事にしているということを意味しているのだろう。そしてこのセカンド・アルバムは、そんな彼女の根っこをてらいなく見せてくれるものだと思う。いわゆる「アルバムとしての完成度」のようなものはかけらもないが、原田郁子という人の作る音楽が心から信頼できると思えるようになるアルバムである。初回限定ブックCDの内容は、その意味でアルバムのコンセプトにふさわしい。

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飛ばしてます。

Creamfarewell

The Farewell Concert Tour 1968 / Cream

クリームのラスト・ツアーのライブ盤が出ました。1968年11月、ロサンジェルスのイングルウッド・フォーラムでのライヴです。音質は決して良いとは言えませんが、ブートとしては上々でしょう。1曲目「ホワイト・ルーム」の1コーラス目でいきなり演奏が崩壊するという事態に先が思いやられますが、全体的な内容は悪くありません。まあ3人が3人とも他のメンバーのことなどあまり考えず、好き勝手に弾きまくったり叩きまくったりしているだけなのですが、クリームというのはもともとそういうバンドです。激しくからみあいながらヘヴィーに炸裂する長尺ブルース・ナンバーは、ファンにはとても楽しめます。最後フェイド・アウトもせずいきなり終わるのがいかにもブートっぽい。クリーム初心者は決して手を出すべからず。

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