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「それでも生きる子供たちへ」

Photo_29世界中の子供たちが現実に置かれている悲惨な現状を描きながら、単に「かわいそうな存在」として描くのではなく、その状況の中でたくましく生きている事実を伝える、ということをテーマとして作られたオムニバス。監督はメディ・カレフ、エミール・クストリッツァ、スパイク・リー、カティア・ルンド、ジョーダン&リドリー・スコット、ステファノ・ヴィネルッソ、ジョン・ウー。前述のお題目の政治的正しさの前には何もコメントしようがないので、作品に即して考えてみよう。メディ・カレフの「タンザ」は兵士として強制的にゲリラ部隊に入隊させられているルワンダの少年の話。おそらく俳優の少年たちはほとんどみな素人だろう。そのたどたどしい英語のセリフ回しと、実に自然な身体表現がリアリティをもって見るものに伝わる。破壊するべき学校に忍び込んで涙を流すこの少年兵士は現実にはありえない存在なのだろうか?この結末に強い安堵を感じるだけに、現実の恐ろしさを逆に感じる。クストリッツァの「ブルー・ジプシー」は、いつもながらのバルカン・ブラスの狂騒に満ち溢れたピカレスク・ストーリー。父親の言いつけに従って盗みをしなければ生きてはいけず、少年院が彼の最も安心できる居場所になってしまうという厳しい現実がたっぷりのユーモアでくるまれている。スパイク・リーの「アメリカのイエスの子ら」はおそらく今回の最高傑作。ジャンキーの両親とHIV胎内感染の少女ブランカの物語で、ブルックリンに住むアフロ・アメリカンの現実を伝えている。エンディングで少女がカメラを見据え「私はブランカ」と語り始めるショットに、強いポジティヴな意思を感じる。カティア・ルンドの「ビルーとジョアン」はサンパウロの貧民街でたくましく生きる姉妹の話。極貧の境遇にもかかわらず、まったく哀れさを感じさせない子供たちの生きるパワーが短いカットのリズミックな編集(明らかに現代のMPBを思わせる!)によって巧みに表現されている。もっと長く展開できそうなストーリーだ。スコット父娘合作の「ジョナサン」はおそらくケヴィン・カーターの物語からインスピレーションを受けていると思われる。森や川の素晴らしく美しい映像にもかかわらず、戦場でも子供たちはたくましく生きているというストーリーにはリアリティが欠如しており、他の作品より圧倒的に見劣りがする。大人が森の中で子供に変身するという寓意的な設定も、ちょっと面白いがテーマに対して効いているのかよくわからない。子供の視点ではなく、大人の視点で撮ってしまっているのだ。ステファノ・ヴィネルッソの「チロ」も盗みをしながら生きる子供のリアリティを丹念に掬い取った佳作。ナポリの荒れた感じがよく出ている。そしてジョン・ウーの「桑桑と子猫」は・・・う~ん、この韓流メロドラマのようなつくりものめいた世界にまったく共感できないのは私だけでしょうか。リアリティがあったのは劣悪な環境で少女たちに造花の内職をさせる鬼親方の存在のみ。ジョン・ウーは故郷を離れすぎたのかもしれない。中国の子供が置かれている状況を語るためのもっと適切な設定があるような気がするのだけれど・・・。最近流行のオムニバス作品としては、全体的にさほどよい出来ではない。

イタリア・フランス合作、2005年。

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