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「ラプソディー・イン・ブルー」についてのノート(1)

なぜ「ラプソディー・イン・ブルー」という曲に関心を持ったのかと言えば、それはこの曲の楽譜と演奏にまつわる問題が意外に複雑だということに気づいたからに他ならない。よく知られているように、この曲はガーシュイン自身のピアノ・ソロとポール・ホワイトマン楽団によって1924年2月12日の「Experiment in Modern Music」というコンサートで初演され、大好評を博した。この時に演奏された「オリジナル版(ジャズ・バンド版とも呼ばれる)」と、現在コンサートで演奏されている「フル・オーケストラ版」が違うものであることも周知の事実であるが、では実際にどこがどう違うのかということはあまり知られていない。さらに、実演や録音でこの曲を耳にするとき、そのほとんどすべてに大幅なカットが慣習的に施されているという事実について、どのくらいの人が意識的なのだろうか。

まずは楽譜関係を整理してみる。

①ピアノ独奏とポール・ホワイトマン楽団のための版(1924)
ガーシュインがポール・ホワイトマン楽団から「ラプソディ・イン・ブルー」の委嘱を正式に受けたのは1924年1月4日。初演となるコンサートの日付は2月12日(リンカーンの誕生日)と決まっていたため、ガーシュインはスケジュールに難色を示した。そこでホワイトマンが提示したのが、楽団の専属アレンジャー(兼ピアニスト)のファーディ・グローフェがオーケストレーションを手伝うということだった。この措置は(しばしば誤解されているように)ガーシュインがオーケストレーションについて無知だったからではなく、あくまでスケジュールが主な理由だと考えられる(ガーシュインはすでに対位法や管弦楽法を学んでいた)。とはいえ、もちろんクラシック的な作曲技法について経験不足であったことは間違いなく、グローフェの存在がなければ「ラプソディ・イン・ブルー」がこれほどの成功を収めたかどうかは疑わしい。さて、委嘱を受けてすぐにガーシュインは2台ピアノの形式で作曲を始め、書いたそばからグローフェがオーケストレーションしていった。こうして完成したのがピアノ独奏とポール・ホワイトマン楽団のためのヴァージョンで、その編成は以下の通り。

クラリネット(B管。バス・クラリネット、オーボエ、ソプラニーノ・サックス、アルト・サックス持替)、アルト・サックス(ソプラノ・サックス、バリトン・サックス持替)、テナー・サックス(ソプラノ・サックス持替)、2ホルン、2トランペット(B管)、2トロンボーン、テューバ(コントラバス持替)、バンジョー、ピアノ、チェレスタ、ドラムス(&ティンパニ、パーカッション)、8ヴァイオリン、ピアノ独奏

ご覧の通り非常に特異な編成である。これはもちろん、当時のホワイトマン楽団を念頭においてグローフェがアレンジしているからだ。注目したいのが木管パート3人の恐るべき持ち替えの技。中でも、ほとんどのソロをとるクラリネット奏者のロス・ゴーマン(冒頭のクラリネットのグリッサンドのアイディアを出したのは彼だといわれている)の持ち替えは驚異的だ。当時のホワイトマン楽団の写真を見ると、まるで楽器店のショーウィンドウのように各奏者の前に楽器が並んでおり、この持ち替えが視覚的な演出の一部だったことが推測される。また独奏以外のピアノ(もちろんグローフェが担当)が入っていることも見逃せない。さて、ホワイトマン楽団以外では全く通用しないこのスコアが出版されるはずもなく、「オリジナル版」のスコアは現在もグローフェが書いた手稿譜以外の形では存在しない(手稿譜のファクシミリ版が出版されている)。「オリジナル版」をうたった演奏はすべて、このグローフェの手稿譜を何らかの形でベースにしていると考えてよい。また、この手稿譜には後に出版されたどのスコアにもない部分が(オーケストラ・パートにもピアノ・ソロにも)散見されること、またピアノ・ソロに関してはすべてが書かれているわけではないことも留意しておくべきだろう。後者の点に関して言えば、ガーシュインは自分のパートに関してはきちんとした譜面を用意せず、自ら用意したメモをもとに即興を交えながら演奏したということは十分に考えられる。

②2台ピアノのための版(1924)
初演の好評を受け、まもなく2台ピアノのための版が出版された。これと後述する「ピアノ・ソロのための版」のアレンジは、ガーシュインの友人であったヴラディーミル・デュケルスキー(Vladimir Dukelsky)に依頼されたものの、最終的に彼の仕事は採用されず、ガーシュイン自身が完成させた。この出版において行われたいくつかのカットは、この後のすべてのスコアに反映されている。現在のフル・オーケストラ版のスコアの練習番号を用いて説明する。

①練習番号4の3~6小節目のオーケストラ伴奏をカット
②練習番号21の8・9小節目の間にあった10小節のピアノ・ソロをカット
③練習番号32と33の間のあちこちから26小節分のピアノ・ソロをカット
④練習番号33の32・33小節目の間にあった8小節のピアノ・ソロをカット


ところで、ユダヤ系ロシア移民の子であったジョージ・ガーシュインの本名はジェイコブ・ゲルショヴィッツ(Jacob Gershowitz)。ここに出てくるデュケルスキーという人物も、ガーシュインに英語風の名前をつけてもらった。その名はヴァーノン・デューク(Vernon Duke)。そう、「パリの四月」や「ニューヨークの秋」で有名なあの作曲家である。

③オーケストラのための版(1926)
「ラプソディー・イン・ブルー」の評判が高まるにつれて、コンサートやラジオで演奏するためのオーケストラ版の楽譜の出版が強く求められるようになった。そのため、グローフェは当時のブロードウェイで一般的だったオーケストラ編成のために再オーケストレーションを行った。編成は以下の通り。

フルート、オーボエ、2クラリネット(B管)、ファゴット、3サックス(第1アルト、第2テナー、第3アルト)、2ホルン、2トランペット(B管)、トロンボーン、ドラムス(&パーカッション)、ピアノ(指揮兼任)、弦5部、バンジョー

この版の大きな特徴は、あるパートが別のパートの演奏のきっかけ(cue)を出すように書き込まれていることで、専門の指揮者が立たない演奏の現場の都合を考えたものになっている。

③ピアノ・ソロのための版(1927)
先述したように、ヴァーノン・デュークが手がけたものの、最終的にガーシュイン自身が完成させた版。ガーシュインはこの版に基づいて1927年にピアノ・ロールを録音している。

④コンサート・バンドのための版(1938)
グローフェによる、ピアノ・ソロ・パートもオーケストレーションしてしまった版。つまり、ピアノ・ソロがなくても「ラプソディー・イン・ブルー」は演奏可能(!)。

⑤フル・オーケストラのための版(1942)
出版はガーシュインの死後となったが、この版の準備はガーシュインの生前から進められていた。その成立に大きく関与しているのはフランク・キャンベル=ワトソン(「パリのアメリカ人」や「ピアノ協奏曲」の出版譜にも彼の手が入っている)で、おそらくグローフェはそれほど積極的に関わっていないと思われる。名義上は「グローフェ編」ということになってはいるが、それはこの版がグローフェの1926年版に加筆する形で作られているからだ(グローフェの1926年版の手稿には、グローフェ以外の手によるオーケストレーション拡大の書き込みが見られるが、これがキャンベル=ワトソンのものである可能性が高い)。編成は以下の通り。

2フルート、2オーボエ、2クラリネット(B管)、バス・クラリネット、2ファゴット、3ホルン、3トランペット(B管)、3トロンボーン、テューバ、ティンパニ、ピアノ、3サックス(第1アルト、第2テナー、第3アルト)、バンジョー、弦5部

興味深いのは、この版でもサックスやバンジョーといったオリジナルの楽器が一部残されていることだ。クラシックのフル・オーケストラの中に1920年代のジャズの響きを生かそうとした意図はよく理解できるが、さて実際はどうだろうか?バンジョーはオーケストラの大音響に埋もれてしまってまず聴こえないし、有名な中間部のメロディーはヴィブラートがかかったサックスの甘い音色ではなく、弦と木管の分厚い響きによって奏でられることになる。全体的にサックスは全く目立たない。アルト・サックスのソロがオーボエに変えられてしまっている部分もあるし、何よりもオリジナルのドラム・セット(ソック・シンバルが多用されている)のリズム感がオーケストラのパーカッション隊ではなかなか再現できないだろう。「オリジナル版」と「フル・オーケストラ版」の聴覚上の差異はかなり大きい。

現在、私たちが実演や録音で出会う「ラプソディ・イン・ブルー」はほとんど①か⑤のヴァージョンだ。しかしその中にも様々な違いがある。次回は、いくつかの録音を例に実際のパフォーマンスについて考えてみよう。

それにしても、ガーシュインの才能を目の当たりにしたグローフェ(ガーシュインより6歳年上)はどのように感じたのだろうか。現代で考えれば、さしずめ売り出し中のロック・スターを百戦錬磨のアレンジャーが担当することになったようなものだ。最初は「こんな奴にまともな曲が書けるのか」と小馬鹿にしていたことは想像に難くない。しかしすぐに彼が紡ぎだすメロディーとハーモニーの斬新さに驚き、やがて嫉妬と羨望がないまぜになった複雑な感情を抱くようになっただろう。グローフェの代表作といえば「グランド・キャニオン組曲」だが(昔は必ず小学校の音楽の授業で聴いたものだ。今はどうなんだろう)、誰が聴いてもガーシュインの方が才能がある。そのことはグローフェ自身が一番よくわかっていたはずだ。ガーシュインを同時代の他のアメリカ人の作曲家たち(コール・ポーターやアーヴィング・バーリンなど)と隔てるのは一体何なのだろうかとよく考えるのだが、それはブルースの感覚ではないかと最近思うようになった。彼はどこでそれを身に付けたのだろうか?

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コメント

こんばんは。ブログへのコメントありがとうございました。といいますか「ラプソディ・イン・ブルー」のカットに関して、勝手に参考にさせていただきまして失礼いたしました。こちらの記事でこの曲の成立の複雑さにビックリしておりました。オケのみの版まであることも目からウロコでした。また N.B.の意味もお教えいただき感謝いたしております。
「ノート(2)」も拝見いたしました。お詳しさには驚くばかりです。また最近お書きになったカミロの演奏もぜひ聞いてみたいところです。
また覗かせていただきますね。このたびはいろいろとありがとうございました♪

投稿: FALSTAFFF | 2011年1月20日 (木) 01時13分

>FALSTAFF 様

コメントありがとうございました。
もし何かしらのお役に立てたのであれば幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: Stern | 2011年1月21日 (金) 01時06分

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