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「ラプソディー・イン・ブルー」についてのノート(2)

「ラプソディー・イン・ブルー」の実際の演奏について、初演者であるガーシュインとポール・ホワイトマン楽団の録音、この曲の名演奏としてよく言及されるバーンスタイン、プレヴィン、ティルソン・トーマスのそれぞれ複数の録音、そしてこの曲の「オリジナル」を追求したモーリス・ペレスの録音を例に考えてみたいと思う。前回の記事で示した「オリジナル版(ジャズ・バンド版)」と「フル・オーケストラ版」の違い、慣習的なカット、そして各人の解釈が考察の対象となる。

最初に指摘しておきたいのが、「オリジナル版」とされる演奏が譜面上必ずしも同じものではないということ。前回述べたように、「オリジナル版」の演奏はグローフェの不完全な手稿譜をベースに様々な資料を解釈することで生み出されるものであり、その内容は演奏者によって少しずつ違っている。「2台のピアノのための版」が成立したときに生じた4つのカット(前記事参照)を復元するかどうかということもあるし、その他にもグローフェの手稿譜に含まれていていつのまにかなくなってしまった部分が存在する。「オリジナル版」をうたった演奏を聴くときには、そのあたりも留意しておく必要がある。

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Gershwin(p) Paul Whiteman and his concert orchestra
(1924/10/24 Camden, NJ)

初演の8ヵ月後に行われたこの曲の初録音であり、当然「オリジナル版」に基づいていると考えられるが、当時のSPの録音時間の限界によるカットがある。①練習番号14冒頭から練習番号18の3小節前まで(18の2小節前からピアノ・ソロで戻る)、②練習番号19の16小節目から練習番号27の2小節目まで、③練習番号33の5小節目から28小節目まで(33小節からの4小節もリピートなし)、④練習番号39冒頭から練習番号40の4小節前まで(40の3小節前からピアノ・ソロで戻る)。かなり大胆なカットであり、音質も決して良くはないが、それでもやはりこの演奏から得るものは大きい。全体的に速いテンポで進められる演奏の中に、1920年代の白人ダンス・バンドのエッセンスが詰まっている。クラリネット、トランペット、サックスが実に濃厚で粘ったフレージングと音色を聴かせるし、録音が貧しい割にバンジョーがよく聴こえるのもうれしい(リゾネイター付きの4弦テナー・バンジョーだろうか)。そして特筆すべきは有名な中間部で、この楽団ならではの細かいヴィブラートをかけたサックス(前半はアルト+テナー+バリトン、後半はソプラニーノ+ソプラノ2本)が主導する展開は夢のようにノスタルジックな感覚を聴く人に与える。まさに「グレート・ギャツビー」の世界、シャンパンの泡のように華やかで儚いパーティーの夜だ。またガーシュインのピアニストとしての並外れた力量をよく伝える録音でもあり、クラシックのピアノとは全く違うオフ・ビートのリズム感と超絶的なテクニックに圧倒される(最後のカデンツァにおけるキューバ風のフレーズのノリには、ミッシェル・カミロもびっくり)。これを聴くと、「ラプソディ・イン・ブルー」という曲がポール・ホワイトマン楽団のダンス・バンドとしての実力を示すように作られている(チャールストンぽいアップ・テンポの前半と、チーク・タイムのようなスローの中間部)ということがよくわかる。

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Gershwin(p) Paul Whiteman and his concert orchestra
(1927/04/21 Camden, NJ)

初演の3年後の再録音。カット箇所は前回と同じ、ただし練習番号33の33小節目からの4小節のリピートは今回は生かされている。基本的に「オリジナル版」だが、よく聴くと全体にオーケストレーションが厚くなり、また随所で楽器の変更がなされていることがわかる。アルト・サックス・ソロだったところにテナー・サックスが重ねられたり、中間部のヴァイオリン2台のソリがコンマスのソロになったり。これはホワイトマン楽団の編成が変化したことによる再アレンジであり、ポピュラー音楽の世界では当たり前のことだ。きちんとしたスコアの形で残されていなくても、現場の状況に応じてこのようなアレンジの変更がどんどん行われていたということを示す証拠でもある。演奏の基本的な方向性は前回と同じだが、オーケストレーションが厚くなったためにややもっさりとした印象を与える。ガーシュインのソロには、おそらく何十回となく(いや何百回か)この曲を弾いてきたことによる、ある種の弾き崩しが見られる。もちろん前回同様素晴らしいのだけれども、そのやや斜に構えたようなスタイルは、ちょっと嫌らしさを感じないでもない。

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Bernstein(p) / Columbia Symphony Orchestra
(1959/06/23 NYC)

バーンスタインの有名な初録音で、当然「フル・オーケストラ版」。カットは①練習番号14から練習番号18の5小節目まで、②練習番号21の12小節目から練習番号24の4小節目まで。冒頭から引きずるようなスロー・テンポに驚かされる。ピアノ・ソロも思い入れたっぷりだ。練習番号9でアップ・テンポになってからはさすがに引きずらなくなるが、中間部でまたたっぷりと「泣き」を見せる、という感じ。結局、これは彼のマーラー演奏と全く同じなのだ。すなわち、超ロマンチック。ピアノ・ソロの途中、練習番号21の9小節目でいきなり低音のトリルを響かせる。中間部のヴァイオリン・ソロの後、そのソロに続くようにヴァイオリン・セクション全体の音域を1オクターヴあげてメロディーを弾かせて盛り上げる。練習番号39のエンディングに突入するときに、ピアノ・ソロもグリッサンドでなだれ込む・・・楽譜にはない改変箇所も、この超ロマンチック精神に基づく演出に他ならない。分厚いシンフォニックな響きともども、これはもう1920年代のローリングする世界とは似ても似つかない代物だと思うものの、個性的で面白い演奏であることは認めよう。それにしても、ピアノ・ソロがハネ気味だな~と思っていたら、エンディングで盛大にシャッフル。このブギウギっぽい解釈は、どうにも野暮ったく聴こえる。

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Previn(p) Kostelanetz and his orchestra
(1960/03/25 Hollywood)

まだプレヴィンがジャズ・ピアニストであった頃の最初の録音。指揮はガーシュインとも親交があったコステラネッツ。「フル・オーケストラ版」で、カットは①練習番号14冒頭から練習番号18の3小節前まで(ピアノ・ソロのみに戻る。これはガーシュインの録音と同じ)、②練習番号21の9小節目から練習番号24の4小節目まで(このつなぎに上昇スケールと次の小節のフレーズを入れて滑らかにつないでいる)。とにかくプレヴィンが巧い。明確なアーティキュレーションと、少々のミスタッチはものともしない勢いのあるグルーヴ感。速いフレーズでの尋常でない指のまわり方にはぞくぞくさせられるし、最後のソロにおけるキューバ風フレーズの速射砲のような迫力も圧倒的だ(嬰ハ音の連打に微妙なアクセントをつけてドライヴ感を生み出している)。プレヴィンはこの曲を3回録音しているが、ピアニストとしてはこれがベストだろう。コステラネッツのオケは、いかにも西海岸的な明るい音色。管のフレーズに弦を重ねたり(練習番号10の3小節目からのクラリネットにヴァイオリンを重ねている)、逆に管のユニゾンでは楽器を抜いたりといろいろ手を加えているようだが、全体的にオケがあまりシンフォニックに厚くなりすぎないための工夫とみた。オープニングも、5小節目になって初めてコントラバスとティンパニがボン!ときたりするのが面白い。そして、トランペットが巧い。冒頭のクラリネットに続いて出てくるソロには耳が引き付けられる。また、中間部は弦を前面に出してハリウッドの映画音楽風の甘さにしているのが面白い。エンディングの練習番号40の3小節前、オケをカットしてピアノ・ソロにしているのは、ガーシュインの録音と同じ流儀だろうか。フル・オーケストラ版をベースにしながらも、ジャズを意識した快演。雰囲気はウエスト・コーストだけど。

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Previn(p) / London Symphony Orchestra
(1971/06/04,06 London)

プレヴィン最初の弾き振り録音。「フル・オーケストラ版」で、カットはコステラネッツのときと同じ。ただし、練習番号21から練習番号24に飛ぶところは、今回は上昇スケールなどのつなぎはなし。プレヴィンは相変わらず巧く、テクニック的には今回の方が完璧になっていると思うが、前回のようなジャズっぽいドライヴ感はなし。その代わり、セクションごとの性格をはっきりさせた音色の変化は素晴らしい。録音のタッチも含め、この曲を完全にクラシックのコンサート・ピースとして演奏した正統派の演奏だと思う。オケの響きもシンフォニックながら、洗練された美しいもの。中間部でサックスの音色を目立たせているのはなかなかの見識。練習番号40の3小節前からピアノ・ソロになるのもコステラネッツのときと同じで、コステラネッツ流のアレンジをプレヴィンが借用したということだろうか。「フル・オーケストラ版」としての完成度が非常に高い演奏。

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Gershwin(p roll) Tilson Thomas / Columbia Jazz Band
(1976/06/23 NYC)

リリース時に非常に話題となったガーシュインのピアノ・ロールとティルソン・トーマスの共演で、「オリジナル版」。ただし、前記事でも触れた初演後の「4つのカット」のうち復元されているのは最初のもの(練習番号4の3~6小節目のオケ伴奏)のみ。ここで使われているピアノ・ロールはガーシュインが1927年に録音した「ソロ・ピアノのための版」で、そこからオーケストラ部分の音を抜いているらしい。さて、どうなのだろうか?ガーシュインの演奏は、ホワイトマン楽団との録音でも聴けるように、いかにも1920年代ダンス・バンド的なもの。1924年の録音よりさらに後のもので、かなりの弾き崩しが見られる。さらに言えば、もともとがピアノ・ソロ版のため「共演」など考えてもいない超絶的なテンポの部分があり、オケは四苦八苦だ(それでもなんとかついていっているところが凄いと思うが)。結果として、オケは非常によくやってはいるものの、アンサンブルとしてかなり不自然なところが生じてしまっているのは明白で、その意味ではこの試みはあまりうまくいっていないと思う。しかし、である。私はこの録音を聴いた時に、なぜかナンカロウのピアノ・ロールのための音楽を思い出し、これはある種の「実験音楽」的な試みとして聴いたら結構面白いな~と思ってしまった。ティルソン・トーマスという人は、西海岸のアメリカ実験音楽のムーヴメントを同時代的に体験している作曲家でもあるので、こういうちょっと面白いアイディアをやってみたかったのではないだろうか。ガーシュインが弾いているからといって決して「オリジナリティ」や「オーセンティシティ」を標榜しているわけではなく、奇抜なアイディアを実現した演奏と考えた方がしっくりくるし、この演奏の目指すところがよくわかるように思う。

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Bernstein(p) / Los Angeles Philharmonic Orchestra
(1982/07 San Francisco) live

バーンスタイン2回目の録音。「フル・オーケストラ版」で、カットは以前と同じ。しかし、冒頭からの引きずるようなニュアンスは前回よりかなり薄まっている。練習番号21の9小節目での低音のトリルもなし、中間部のヴァイオリン・ソロの後も譜面通り。あのバーンスタイン流の超ロマンチックな味付けが全体的にかなり薄味になってしまったような印象だ。もちろんこれはこれでバーンスタインなのだが、前回のほうがより「らしい」。と思っていたら練習番号39直前のピアノのグリッサンドによるなだれ込みは健在、そのあとのご機嫌なシャッフル具合もそのままだった。ここはどうしてもやりたかったのだろうか。録音は前回聴こえなかったバンジョーがよくわかるのがうれしい。また、練習番号10の3小節目でクラリネットにヴァイオリンを重ねているのはコステラネッツと同じだが、西海岸のオケで譜面の共用があるのだろうか。ところで、バーンスタインがピアノ・ソロで楽譜にない装飾音を多用するのは、やっぱりとても趣味が悪く聴こえる。

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Tilson Thomas(p) / Los Angeles Philharmonic
(1982? Los Angeles)

さすがに前回は遊びすぎと思ったのか、ティルソン・トーマス2回目、今度は弾き振り。しかも(挑戦的にも)バーンスタインと同じロス・フィルである。「オリジナル版」で、オケの譜面は前回の録音と基本的に同じもののようだが、細かいフレージングにはいくつかの違いがある(エンディングの木管トリルなど。こちらの方がグローフェの譜面通り)。この録音のために相当資料を調査して、今回はオーセンティシティを目指したのだろう。ティルソン・トーマスのピアノはかなりの腕前。ジャズっぽいというのとはちょっと違うが、タッチがキラキラしていてひとつひとつの音が明晰。迫力やスピード感にも欠けておらず、最後のカデンツァのキューバ風フレーズも驚くようなスピードで弾きまくる。テンポの揺らし方やルバートも即興的で生き生きとしており、素晴らしい演奏だ。オケもよくまとまっているが、「オリジナル版」の割にやや響きがシンフォニックに聴こえてしまうところがあるのはロス・フィルだからだろうか。ヴァイオリン・セクションがちょっと厚いような気もする。クラリネットやトランペットのソロのフレージングは粘っこくて良いのだが。

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Previn(p) / Pittsburgh Symphony Orchestra
(1984/05 Pittsburgh)

プレヴィン3回目の録音。「フル・オーケストラ版」、カット箇所は前回と同じだが、練習番号21と練習番号24へのつなぎ方は毎回違って、今回は上昇スケールのみあり。プレヴィンはやはり達者だが、さすがに以前のような「キレ」はない。オケの響きもかなり厚くてぼってりとしており、ロンドン響のようなキビキビした洗練には遠い。完全に大コンサート・ホールでのクラシック・レパートリーとしての演奏で、ここまでくるとさすがに「オリジナル版」との大きな隔たりを感じざるを得ない。大マエストロが十八番をやっているような大袈裟な身振りも気になる。いつものプレヴィン同様、練習番号40の3小節前からピアノ・ソロになるが、今回はさらに練習番号10の3小節目でクラリネットにヴァイオリンを重ねるコステラネッツ流が復活している。

Peress




Davis(p) Peress and various players
(1985?)

モーリス・ペレスは、1976年から「ラプソディ・イン・ブルー」のオリジナルの姿を追い求めてきたという。その結論がこの録音で、アルバム自体が1924年2月11日のホワイトマン楽団の演奏会を再現したものになっている。ペレスはこの録音にあたって主に5つの資料を活用したと述べており、それは①ホワイトマン・アーカイヴにあるオリジナルのパート譜、②ガーシュインが最初に書いた2つのピアノのための手稿譜、③個人によるその写し、④グローフェの手稿譜のコピー、⑤1924年6月10日のガーシュインとホワイトマン楽団による録音、である。その詳細な調査の結果、この録音は「オリジナル版」ではあるが、他の「オリジナル版」とは譜面上の違いがいくつか生まれている。ひとつは初演後の「4つのカット」のうち2つまでを復元していることで、練習番号4の3~6小節目のオケ伴奏だけではなく、練習番号21の8小節目と9小節目の間にある10小節分のピアノ・ソロも演奏されている(あとの2箇所をなぜ復元しなかったのかはペレスにきいてみなければわからない。他の資料から、初演時にはすでになかったと判断したのだろうか)。また、グローフェの手稿譜には記されている練習番号15の8小節目と9小節目の間の4小節のオケのパッセージもここで初めて復活している。このように徹底した調査に基づいた演奏なのだが、その内容もまた素晴らしい。ガーシュインとホワイトマン楽団の1924年録音の精神を生かしており、いかにも1920年代の白人ダンス・バンドっぽい軽快なノリの演奏が繰り広げられている。中間部もあのヴィブラートのかかったサックスが強調されておりさすが(テンポはかなり速い)。クラリネットやトランペットのソロのフレーズも、ホワイトマン楽団を研究した結果であろう粘っこいいやらしさがあって素晴らしい。ピアニストのデイヴィスもガーシュイン本人に負けないソロを繰り広げており、アップ・テンポでのノリ、スローな部分での叙情性、ともに聴かせる。このオーセンティシティへのこだわりは一聴に値する。ところで、このコンサートの最後の曲はエルガーの「威風堂々」(もちろん「ジャズ・バンド版」!)だったらしい。

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Tilson Thomas(p) / New World Symphony
(1997/01/26,27 Fort Laudale, FL)
ティルソン・トーマス3度目の録音。「オリジナル版」で、オケの譜面は前回と同じ。解釈としては前回とほとんど変わらないのだが、録音のせいもあるのか、今回のほうがひとつひとつの楽器がよく聴こえる(バンジョーもさらに鮮明)。オケの響きとしても今回のほうが厚くなりすぎずよくまとまっていると思う。クラリネットやトランペットのソロもニュアンスがしっかりとしていて見事。ティルソン・トーマスのピアノも前回と同じテイストで技術的にも達者だが、フレーズの細部のニュアンスはちょっと変えてきて楽しませる。ティルソン・トーマスの場合、録音を重ねるに従って曲の完成度が上がっているのは確かだ。

同じ「ラプソディ・イン・ブルー」とはいっても、楽譜から解釈に至るまで演奏によってかなりの差があるのが実情。とくにこういう版に複雑な経緯がある曲の場合、どんな楽譜を使っているのかということを考えておかないと、楽譜の違いを解釈の違いと取り違えることがあるので要注意である。次はナマで聴いてみたいものだ。

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「ラプソディー・イン・ブルー」についてのノート(1)

なぜ「ラプソディー・イン・ブルー」という曲に関心を持ったのかと言えば、それはこの曲の楽譜と演奏にまつわる問題が意外に複雑だということに気づいたからに他ならない。よく知られているように、この曲はガーシュイン自身のピアノ・ソロとポール・ホワイトマン楽団によって1924年2月12日の「Experiment in Modern Music」というコンサートで初演され、大好評を博した。この時に演奏された「オリジナル版(ジャズ・バンド版とも呼ばれる)」と、現在コンサートで演奏されている「フル・オーケストラ版」が違うものであることも周知の事実であるが、では実際にどこがどう違うのかということはあまり知られていない。さらに、実演や録音でこの曲を耳にするとき、そのほとんどすべてに大幅なカットが慣習的に施されているという事実について、どのくらいの人が意識的なのだろうか。

まずは楽譜関係を整理してみる。

①ピアノ独奏とポール・ホワイトマン楽団のための版(1924)
ガーシュインがポール・ホワイトマン楽団から「ラプソディ・イン・ブルー」の委嘱を正式に受けたのは1924年1月4日。初演となるコンサートの日付は2月12日(リンカーンの誕生日)と決まっていたため、ガーシュインはスケジュールに難色を示した。そこでホワイトマンが提示したのが、楽団の専属アレンジャー(兼ピアニスト)のファーディ・グローフェがオーケストレーションを手伝うということだった。この措置は(しばしば誤解されているように)ガーシュインがオーケストレーションについて無知だったからではなく、あくまでスケジュールが主な理由だと考えられる(ガーシュインはすでに対位法や管弦楽法を学んでいた)。とはいえ、もちろんクラシック的な作曲技法について経験不足であったことは間違いなく、グローフェの存在がなければ「ラプソディ・イン・ブルー」がこれほどの成功を収めたかどうかは疑わしい。さて、委嘱を受けてすぐにガーシュインは2台ピアノの形式で作曲を始め、書いたそばからグローフェがオーケストレーションしていった。こうして完成したのがピアノ独奏とポール・ホワイトマン楽団のためのヴァージョンで、その編成は以下の通り。

クラリネット(B管。バス・クラリネット、オーボエ、ソプラニーノ・サックス、アルト・サックス持替)、アルト・サックス(ソプラノ・サックス、バリトン・サックス持替)、テナー・サックス(ソプラノ・サックス持替)、2ホルン、2トランペット(B管)、2トロンボーン、テューバ(コントラバス持替)、バンジョー、ピアノ、チェレスタ、ドラムス(&ティンパニ、パーカッション)、8ヴァイオリン、ピアノ独奏

ご覧の通り非常に特異な編成である。これはもちろん、当時のホワイトマン楽団を念頭においてグローフェがアレンジしているからだ。注目したいのが木管パート3人の恐るべき持ち替えの技。中でも、ほとんどのソロをとるクラリネット奏者のロス・ゴーマン(冒頭のクラリネットのグリッサンドのアイディアを出したのは彼だといわれている)の持ち替えは驚異的だ。当時のホワイトマン楽団の写真を見ると、まるで楽器店のショーウィンドウのように各奏者の前に楽器が並んでおり、この持ち替えが視覚的な演出の一部だったことが推測される。また独奏以外のピアノ(もちろんグローフェが担当)が入っていることも見逃せない。さて、ホワイトマン楽団以外では全く通用しないこのスコアが出版されるはずもなく、「オリジナル版」のスコアは現在もグローフェが書いた手稿譜以外の形では存在しない(手稿譜のファクシミリ版が出版されている)。「オリジナル版」をうたった演奏はすべて、このグローフェの手稿譜を何らかの形でベースにしていると考えてよい。また、この手稿譜には後に出版されたどのスコアにもない部分が(オーケストラ・パートにもピアノ・ソロにも)散見されること、またピアノ・ソロに関してはすべてが書かれているわけではないことも留意しておくべきだろう。後者の点に関して言えば、ガーシュインは自分のパートに関してはきちんとした譜面を用意せず、自ら用意したメモをもとに即興を交えながら演奏したということは十分に考えられる。

②2台ピアノのための版(1924)
初演の好評を受け、まもなく2台ピアノのための版が出版された。これと後述する「ピアノ・ソロのための版」のアレンジは、ガーシュインの友人であったヴラディーミル・デュケルスキー(Vladimir Dukelsky)に依頼されたものの、最終的に彼の仕事は採用されず、ガーシュイン自身が完成させた。この出版において行われたいくつかのカットは、この後のすべてのスコアに反映されている。現在のフル・オーケストラ版のスコアの練習番号を用いて説明する。

①練習番号4の3~6小節目のオーケストラ伴奏をカット
②練習番号21の8・9小節目の間にあった10小節のピアノ・ソロをカット
③練習番号32と33の間のあちこちから26小節分のピアノ・ソロをカット
④練習番号33の32・33小節目の間にあった8小節のピアノ・ソロをカット


ところで、ユダヤ系ロシア移民の子であったジョージ・ガーシュインの本名はジェイコブ・ゲルショヴィッツ(Jacob Gershowitz)。ここに出てくるデュケルスキーという人物も、ガーシュインに英語風の名前をつけてもらった。その名はヴァーノン・デューク(Vernon Duke)。そう、「パリの四月」や「ニューヨークの秋」で有名なあの作曲家である。

③オーケストラのための版(1926)
「ラプソディー・イン・ブルー」の評判が高まるにつれて、コンサートやラジオで演奏するためのオーケストラ版の楽譜の出版が強く求められるようになった。そのため、グローフェは当時のブロードウェイで一般的だったオーケストラ編成のために再オーケストレーションを行った。編成は以下の通り。

フルート、オーボエ、2クラリネット(B管)、ファゴット、3サックス(第1アルト、第2テナー、第3アルト)、2ホルン、2トランペット(B管)、トロンボーン、ドラムス(&パーカッション)、ピアノ(指揮兼任)、弦5部、バンジョー

この版の大きな特徴は、あるパートが別のパートの演奏のきっかけ(cue)を出すように書き込まれていることで、専門の指揮者が立たない演奏の現場の都合を考えたものになっている。

③ピアノ・ソロのための版(1927)
先述したように、ヴァーノン・デュークが手がけたものの、最終的にガーシュイン自身が完成させた版。ガーシュインはこの版に基づいて1927年にピアノ・ロールを録音している。

④コンサート・バンドのための版(1938)
グローフェによる、ピアノ・ソロ・パートもオーケストレーションしてしまった版。つまり、ピアノ・ソロがなくても「ラプソディー・イン・ブルー」は演奏可能(!)。

⑤フル・オーケストラのための版(1942)
出版はガーシュインの死後となったが、この版の準備はガーシュインの生前から進められていた。その成立に大きく関与しているのはフランク・キャンベル=ワトソン(「パリのアメリカ人」や「ピアノ協奏曲」の出版譜にも彼の手が入っている)で、おそらくグローフェはそれほど積極的に関わっていないと思われる。名義上は「グローフェ編」ということになってはいるが、それはこの版がグローフェの1926年版に加筆する形で作られているからだ(グローフェの1926年版の手稿には、グローフェ以外の手によるオーケストレーション拡大の書き込みが見られるが、これがキャンベル=ワトソンのものである可能性が高い)。編成は以下の通り。

2フルート、2オーボエ、2クラリネット(B管)、バス・クラリネット、2ファゴット、3ホルン、3トランペット(B管)、3トロンボーン、テューバ、ティンパニ、ピアノ、3サックス(第1アルト、第2テナー、第3アルト)、バンジョー、弦5部

興味深いのは、この版でもサックスやバンジョーといったオリジナルの楽器が一部残されていることだ。クラシックのフル・オーケストラの中に1920年代のジャズの響きを生かそうとした意図はよく理解できるが、さて実際はどうだろうか?バンジョーはオーケストラの大音響に埋もれてしまってまず聴こえないし、有名な中間部のメロディーはヴィブラートがかかったサックスの甘い音色ではなく、弦と木管の分厚い響きによって奏でられることになる。全体的にサックスは全く目立たない。アルト・サックスのソロがオーボエに変えられてしまっている部分もあるし、何よりもオリジナルのドラム・セット(ソック・シンバルが多用されている)のリズム感がオーケストラのパーカッション隊ではなかなか再現できないだろう。「オリジナル版」と「フル・オーケストラ版」の聴覚上の差異はかなり大きい。

現在、私たちが実演や録音で出会う「ラプソディ・イン・ブルー」はほとんど①か⑤のヴァージョンだ。しかしその中にも様々な違いがある。次回は、いくつかの録音を例に実際のパフォーマンスについて考えてみよう。

それにしても、ガーシュインの才能を目の当たりにしたグローフェ(ガーシュインより6歳年上)はどのように感じたのだろうか。現代で考えれば、さしずめ売り出し中のロック・スターを百戦錬磨のアレンジャーが担当することになったようなものだ。最初は「こんな奴にまともな曲が書けるのか」と小馬鹿にしていたことは想像に難くない。しかしすぐに彼が紡ぎだすメロディーとハーモニーの斬新さに驚き、やがて嫉妬と羨望がないまぜになった複雑な感情を抱くようになっただろう。グローフェの代表作といえば「グランド・キャニオン組曲」だが(昔は必ず小学校の音楽の授業で聴いたものだ。今はどうなんだろう)、誰が聴いてもガーシュインの方が才能がある。そのことはグローフェ自身が一番よくわかっていたはずだ。ガーシュインを同時代の他のアメリカ人の作曲家たち(コール・ポーターやアーヴィング・バーリンなど)と隔てるのは一体何なのだろうかとよく考えるのだが、それはブルースの感覚ではないかと最近思うようになった。彼はどこでそれを身に付けたのだろうか?

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「20世紀の夢 モダン・デザイン再訪」

Design大阪コレクションズ第3弾がサントリーミュージアム[天保山]にて開催中。20世紀のヨーロッパ・デザイン史を家具を中心に辿るという、この美術館のカラーがよく出ている展覧会です。とはいっても、展示作品は大阪市立近代美術館建設準備室のものが中心。 デザイン関係もこんなに集めていたことを初めて知りました。展示はアール・ヌーヴォー→モリス→分離派→バウハウス→デ・スティル→ロシア・アヴァンギャルド→北欧デザインと、オーソドックスに20世紀の主だった流れを追っています。家具を中心にデザインの変化を見せる場合、やっぱり最もわかりやすいのは(いつもながら)椅子で、今回も椅子が展示のメイン。マジョレルの肘掛け椅子、モリス商会のサセックス・チェア(本当に美しい!)、マッキントッシュのハイバック・チェア(お約束)、オメガ工房の椅子(かなり痛みがあった)、ヴァーグナー、モーザー、ホフマンの分離派椅子比べ、プロイヤーやミース・ファン・デル・ローエのパイプ椅子(歴史を辿ることでパイプという素材の革新性がよく理解できる)、リートフェルトのカラフルで幾何学的な木製の椅子、そしてアアルトの椅子。社会が近代化する中で生まれてきた「職人の手作りから生まれるデザインが生活する人々の心を癒す」という思想や、「芸術を生活の中に取り戻す」という思想が、20世紀のデザイン史を貫いて北欧家具ブームにまで及んでいるということがよくわかる素晴らしい展示でした。それと同時に、これらの思想に基づいた職人回帰的なデザインの試みが結局とても高価についてしまい、実際には富裕層しか享受できないものだったということも。それを考えると、バウハウスの流れから生まれてくるアメリカのインダストリアル・デザインの重要性がよくわかるようになります。ということで、続編としてぜひローウィ、イームズ、ネルソンを希望したいところです。そしてもちろん、コルビュジェもね(建設準備室はそこまでちゃんとコレクションしているのだろうか)。7月1日まで。

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桐野夏生「メタボラ」

メタボラ
病を得て、少し入院していました。入院中に1日で読んだ小説。

実は新聞連載中にも時々読んでいて、とても面白いと思っていました。ギンジと昭光という2人の話者、2つの視点の交錯によって編み上げられる物語。そのストーリーテリングの巧みさは相変わらずです。読者には正確な意味がわからない(しかし大まかなニュアンスは伝わる)宮古島方言をそのまま使うことで、昭光という人物の性格を生き生きと描写すると同時に、作品世界のリアリティを高めていく手法も実に効果的。これまでは女の「悪」を描いて定評のあった著者が、現代の若者のするっとした軽いリアリティとその背後にある悪夢のような現実に迫っていきます。その意味では新境地なのでしょうが、最終的にはいつもながらの桐野ワールドが展開されていると言えるでしょう。

物語の構造としては、雄太=ギンジと昭光=ジェイクという対照的な2人の主人公の人生が、最初の出会いから逆カーブを描いていくということになります。記憶喪失だった「僕」は、沖縄という土地で人々との出会いを繰り返しながら「磯村ギンジ」という新たなペルソナを獲得し、人生を構築していく。一方、宮古島の金持ちの息子である「おいら」すなわち昭光は、「ジェイク」という名前を得て「外の世界」に出ていこうとするが、その結果死に向かっていく。物語の過程で「僕」は過去の記憶を取り戻していき、自分が現代社会の中で搾取され尽くしたニートであり、同性愛的傾向の持ち主で、ネット自殺という方法で自らの存在に終止符を打とうとした「香月雄太」であることが明らかになります。すなわち、

雄太=ギンジ  死・貧困・暴力・同性愛・・・
昭光=ジェイク 生・富・平和・異性愛・・・

という二項対立がこの物語の軸として据えられているのです。物語の最初における2人の出会いは、この対極的存在の運命的な衝突であり、ここから2人の人生は逆方向の放物線を描いていくことになります。それはあたかも、死に直面してゼロの存在だった雄太=ギンジが、昭光=ジェイクの豊かな生のパワーを吸収して復活・再生していく(そして昭光=ジェイクは生のパワーを吸い取られることによって逆に死に向かっていく)過程のように見えます。そこには、本書の大きなテーマである本土と沖縄の関係が投影されていると考えて間違いはないでしょう。二項対立を軸とした物語構造の上で、ひとつは現代日本社会における若者の搾取・疎外の問題、そしてもうひとつは消費され消耗していく「沖縄」の問題を描くことが、著者の狙いであるように思います。

確かに、ニートや沖縄だけでなくホストクラブ・DV・中国人労働者・ネット自殺と、新聞の三面記事のようなトピックがこれでもかとばかり詰め込まれていることに、「やり過ぎ」の感を抱く読者は多いでしょう。こういった時事的なテーマに敏感であることは桐野作品の美徳のひとつなのですが、さすがに今回は多すぎる(もしかして新聞連載小説だからあえて過剰にやってみたのでしょうか)。しかし私としては、この「ゴチャゴチャ感」も今回の作品の手触りとして悪くはないかと、やや甘めに判断しています。それよりもむしろ細かいことですが、パラマニ・ロッジに一週間だけいた昭光が、石材店に一ヶ月勤めているはずのギンジを訪ねていって、「すぐに辞めた」と言われる不整合に違和感を感じます。金城と思われる男が嘘をついた、という解釈は小説のマナーとしては明らかにルール違反でしょう。小さいことですが、2人の接点に関する重要な描写なので、気になります。こういうキズは小説全体のクオリティに意外なほど影響してくると思うのですが、いかがでしょうか。

ところで、昭光が「僕」に「ギンジ」という名を与えるという行為は意味深長です。昭光にとって銀次という人物は自らが決して超えることのできない憧れの対象であると同時に、最も軽蔑してやまない憎しみの対象でもあります。そのような二律背反した畏怖の感情を抱いている人物の名前を見ず知らずの人間に咄嗟に与えたことは、この人物が自らの運命を変えていくモンスターであることを本能的に感じ取ったからだ、とも考えられます。そして事実、最後の瞬間まで2人の人生にほとんど交流はないにもかかわらず、物語の中で雄太=ギンジは昭光=ジェイクの生を乗り越えていく存在になるのです。

物語の最後、窮地に追い込まれて死にかけている昭光=ジェイクを雄太=ギンジが救い出し、美しい朝日の中を渡嘉敷島に向かって希望のない船出をしていくアンハッピー・エンディングは、「ポーギーとベス」のラストを思い起こさせます(そう考えれば、昭光の宮古島方言は「ポーギーとベス」の黒人言語に通じるような気もします)。このシーンは自らに生を与えてくれた者への返礼であると同時に、2人の立場が物語の最初とは完全に逆転したことを示す象徴的な場面でもあります。これだけしっかりとした構造を持つ作品は、往々にして神話的な印象を与えるものです。現代社会を舞台にした残酷な神話というのが、この作品に対する私の感想です。秀作。

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