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最相葉月「星新一 一〇〇一話をつくった人」

Hoshi星新一にはまっていたのは、小学生のときだった。やはり熱烈な愛読者だった同級生から勧められて読み始め、たちまち夢中になってしまった。新潮文庫から出ていたショートショート集はすべて読んだと思う。エッセイ集もほとんど読んだし、星新一が選者だったショートショート・コンテストの入選作を集めたものも読んだ。しかし、「人民は弱し 官吏は強し」「祖父・小金井良精の記」といった評伝は難しく感じられたのだろう、タイトルは良く知っていたが、読んだ記憶がない。そしてあれほど夢中になったにも関わらず、中学に入る頃にはすっかり読むのをやめてしまった。家族で海外に引越したために本を大量に持っていけなかったという事情もあったのだが、積極的に「卒業したい」と思ったことも大きい。作品の完成度の高さは十分に認めつつも、星新一から離れることが、幼少期の自分と決別する重要な行為に思われたのだ。自分の作品が子供にわかるとは全く思っていなかった星がそんなことを知ったら、いったいどんな顔をしただろうか。子供時代の熱狂と、その後の完全な忘却、しかし心の奥深くに刺さった棘のように残っている作品の暗い影。「あとがき」を読んでいて、著者もこの作家について全く同じような経験をしていることを知り、驚いた。この体験を共有している人はきっと多いに違いない。そして、誰もが書店でこの評伝を手にとらざるを得ないのだ。あの体験はいったい何だったのかを知りたくて。

星新一が星製薬の御曹司であったことは有名だし、彼自身もエッセイで書いている。さらに父についての文学的評伝も残している。しかし著者はこの点にさらに深く切り込み、徹底的なリサーチをもとに、父・星一という人がどういう人物であったのか、星製薬とはどのような会社であったのかを当時の時代背景と共に詳細に描き出す。それはすなわち、御曹司・星親一がなぜ作家・星新一へと生まれ変わらねばならなかったのかを明らかにすることでもあるのだ。本書の前半の内容はこれに尽きるが、実に圧巻。そして後半は作家として当時全く認められていなかったSFというジャンルを開拓し、しかも日本では誰も手がけていなかったショートショートという形式を探求した星の成功と苦悩を描いてこれも読ませる。とんでもない発想の持ち主で、(おそらくはサービス精神も手伝って)奇人変人に近い発言を繰り返していた星の横顔は実に興味深い。また、あのセンスあふれる短編のアイディアがどのように生まれてくるのか、それを可能にしたのはどのような修練だったのかということに迫る視点も、なるほどと唸らせる内容の連続だ。それにしても、星がショートショートを書きまくっていた全盛期がこんなに昔のことだとは!著者も漏らしている感慨だが、70年代後半から80年代前半の子供時代に星のショートショートを愛読していた読者にとっては、何の疑問もなく同時代の作家という意識だったと思う。しかし彼の代表作は基本的に50年代末から60年代に書かれており、時代の変化に合うように手直しを重ねていたのだ。星が読者層の低年齢化に当初は懐疑的だったことも初めて知った。私たちは、作者の全く想定していないところから現れてきた読者層だったのだ。読みやすいということで教科書にもとりあげられるようになった星のショートショート。しかし、それは本当に「子供向けのエンターテインメント」だったのだろうか?

子供時代の私は、星のショートショートを何度も読み返すうちに本当に怖くなってしまったことがある。そのときはそれがどうしてなのかはよくわからなかった。自分の死が怖いという感情に似ているのだが、もっと絶望的な気持ちにとらわれてしまい、大げさではあるが生きていく希望を失ったように感じて深く落ち込んだ。ひとつの文学作品にそこまで影響されたのはそのときが初めてだった。この体験が、やがて星新一を読まなくなった遠因であるようにも思う。本書でも書かれているように、星の作品は「人がみんないなくなる。世界は滅んでしまう。静寂が訪れる。すると、機械がカタコトと動き出す。そんな物語ばかり。悲観的で、絶望的で、厭世的で、せつなくて、かなしくて」。今になってみれば、星の小説世界のベースとなっている虚無感が少年時代の私を強く揺さぶったのだということがわかる。そしてその虚無感が、彼が星製薬という会社を巡って直面したドロドロの人間関係と恐ろしい修羅場の経験から生み出されたものだということも。星作品は確かに読みやすいので、子供でもその世界に入っていける。それはいいことだ(星は後には低年齢読者層の存在を見直していた)。しかしそこに広がっている世界の深い悲しみは、ある程度の社会経験を積んだ大人でないと確かに味わえないと思う。あれほどの絶望感を自分が感じたことを思うと、これは相当の「毒」なのではないかとすら、今では思う。

「1001編」を書き終えた後、抜け殻のようになってしまった星の人生を知るのも、かつての読者にとっては辛いことだ。彼をそのようにしたのは、私たちに他ならないのだから。彼の死をニュースで知ったとき、私の心の中にはあのとき感じた深い絶望感がまざまざとよみがえってきた。しかしまだ読み返そうという気にはならなかった。本書で彼の人生をより詳しく知った今、改めて読み返して見たいと思った。今の私は何を感じるだろうか?

最相葉月の著作は「絶対音感」以来。「絶対音感」は、とっても面白いテーマで前半はぐいぐい読ませるにもかかわらず、後半で五嶋家の話にストーリーが流れていってしまうのが大失敗だと思う。しかし今回は素晴らしい。遺品整理を行って発見した一次資料を駆使して、これまで誰も知ることができなかった星新一の真実の姿に迫っている。インタビューも貴重な証言の連続で、とくに日本SF黎明期の記述は高い価値を持つ。600頁近い大作だが、1日かけて一気に読んでしまった。私と同じように、子供時代に星新一を愛読していた人々に強くおすすめ。

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