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「見果てぬ夢 日本近代画家の絶筆」

Photo_28実は同じような企画を別のメディアで考えていたことがあり、それは結局いまだに実現していないのですが、先に現実の展覧会でやられてしまいました。やっぱり誰でも思いつくことなのです。しかしながら、私がその企画の実現にあたって感じていた問題点は、この展覧会を見ても明らかであるように思います。要は、「絶筆」とみなされる遺作を集めた展覧会。それ自体は、ある意味興味深いものです。青木繁の絶筆は故郷の海だったんだ、黒田清輝の遺作の梅林はずいぶん荒っぽいなあ、岡田三郎助はやっぱり最後まで和服の色っぽい女を描いてたんだ、などなど。

すべての作品に、その画家の生涯と「絶筆」の成立状況を簡単にまとめたコメントがつけられています。あまり馴染みのない画家も多いので、どんな人だったのかを知るためにこのコメントを読む。絵を見る。次のコメントを読む。また絵を見る、その繰り返し・・・というようなことをやっていたら、この展覧会では自分は絵を見ているのか、それともいろんな画家の人生を知ることに時間を費やしているのか、よくわからなくなってしまいました。そこでちょっと考察。

実は自分が同じような企画を考えていたときに思っていたことなのですが、1枚の「絶筆」作品だけを見ることで一体何がわかるのでしょうか。たぶん、何もわからない。その画家にとってその「絶筆」がどのような意味を持っているのかは、その画家のそれまでの作品をずっと見ていかないと決してわからないと思います。すなわち、その作品を生み出すまでの画家の人生をよくできた「物語」として提示しないことには、人はその「絶筆」をどう見ていいかよくわからないのです(「絶筆」としてではなく、ただの1枚の絵として見てほしいというのならそれはいろいろあるでしょう。でも今回は「絶筆」展なのだから、否応なしにある個人の「絶筆」として見てしまいますし、そういう見方が求められているのだと思います)。だから、この展示の企画者が考えているように、どれでも1枚の絵に徹底的に感情移入して見てほしいなどというのはどだい無理な相談。この展示形態では、「絶筆」に至るまでの情報、あるいは「物語」が不足しすぎているのです。では、複数の「絶筆」を並べれば何か(例えば近代日本人の死生観のようなもの)が見えてくるかというと、そうでもない。展覧会では一応「海」「花」「女」「鳥」・・・など描かれたテーマによる考察がなされてはいますが、予想されるようにその結論は曖昧なものです。ということで、この展覧会は何が言いたいのかさっぱりわからない。「絶筆」を集めたからには、そのことによって何がわかるのか、何が面白いのかをキュレーターが提示しないことには展覧会として成立していないというのが私の考えです。この展覧会はアイディア倒れで、その部分が全く欠けています。

もしこの展覧会を見て収穫があるとすれば、それはこれまであまりよく知らなかったいろいろな作家に興味を持つようになる、ということでしょうか。私も勉強になりましたが、中でも桂ゆきの「宇宙」が何だか気になってしまいました。空間にふわふわ浮いている柔らかそうな球体。これはいったい何だろう・・・と思って数日後、イームズの有名な映画「Powers of Ten」の本を書店で見ていてあっと思いました。あの球体、リンパ球にそっくりなのです。なるほど。

兵庫県立美術館で7月8日まで。その後、各地を巡回。

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「若冲 動植綵絵展」相国寺承天閣美術館

Photo_27この展覧会のことは宮内庁の人からだいぶ前に教えてもらっていたのですが、話をきいただけで興奮しました。なにしろ御物の30幅が全部里帰りするのです。近年の若冲ブームにおける真打ち登場というような展覧会ではないでしょうか。で、平日に行ってきました・・・いや~、すっごい人出です。平日でこれなら休日はどうなってしまうのでしょうか。展示は第1室と第2室に分かれていて、逆行不可、再入場不可。第1室は鹿苑寺大書院障壁画を含む、相国寺伝来の若冲作品いろいろ。今回の展覧会のための調査で発見されたという初期作品「厖児戯帚図」もありました。要するにこちらは今回の展覧会の本題ではないのですが、これだけ若冲が並ぶとそんなことは関係なく凄い。鹿苑寺の障壁画はもちろん若冲の代表作のひとつである超重要作品ですが、「松亀図」「竹虎図」「立鶴図」「鯉図」いずれも若冲の驚異的な水墨の技を堪能することができる傑作ぞろい。「筋目書き」による鯉の鱗の描写などいくら眺めていても飽きないのですが・・・実のところ、超満員の会場は「絵をゆっくり楽しむ」などということは全く許されない戦場のような状況です。会場運営上「立ち止まらずに前のほうに進みながらご覧下さい」という言葉を言わざるを得ないのはよ~くわかりますが、美術展においてこれほどナンセンスな言葉はありません。ましてや、若冲のような絵で。

第2室が本題。展示方法がこの展覧会の最大の意義を物語っています。本来「動植綵絵」30幅は「釈迦三尊像」3幅とセットになったものです(33は観音の変化の数であり、仏教における聖数。若冲は父の27回忌に三尊像を含めた27幅を、そして33回忌に残り6幅を相国寺に寄進しています)。しかし明治の廃仏毀釈の中で疲弊した寺を守るために、明治22年「動植綵絵」は皇室に献上され、「釈迦三尊像」は相国寺に残されたという経緯があります。それから118年、今回の展覧会が初の再会の場となるわけです。長方形の部屋の奥に3幅の「釈迦三尊像」。その両側の壁に15幅ずつ「動植綵絵」がかけられています。その配置も「動植綵絵」でしばしば指摘される「対」の関係を十分意識したもの(例えば「釈迦三尊像」の向かってすぐ右手は「老松孔雀図」、すぐ左手は「老松白鳳図」。この対応関係が30幅全てで作られている)。作品についてはもはや改めてコメントすることは何もないでしょう。細密な描写、鮮明な色彩、無重力の感覚、深層心理を感じさせる不可思議な形態・・・この作品に関して言われてきたことの全てを思い返しながら、ひたすらに絵の表層に視線を走らせて、若冲の作り上げた二次元の世界に吸い込まれる、そしてこれらの絵を言葉で表現しようとする全ての努力が破綻する快楽を体験するしかありません。もちろんこの展示室もすっごい人、「絵を観る」という行為とは全く相容れない状況ですが、この33幅を前にすると、もうそんなことどうでもいいやという気持ちになります。明治期の観音懺法で公開していたときも押すな押すなの騒ぎだったそうですから、今も昔も同じなのです。今回の展示で改めて思うのが、やっぱり30幅は3幅のためにあるということ(「綵絵」とは仏画の意味でもあります)。仏に供えるための、仏を荘厳する30幅であり、生きとし生けるものたちが仏の前に集まるというイメージがあるように思います(「果蔬涅槃図」を思い起こしました)。やはりこの絵は33幅で観て、その意味を考えるのが正しいということを改めて実感しました。最近の若冲ブームでは若冲の絵の凄さ、その技巧的な側面が強調されがちですが、彼の画業を仏教の信仰(禅宗)が支えていたことは紛れもない事実です。シュールリアリスティックとも言える画面の背後にある信仰と思想の世界に思いを馳せることによって、若冲の絵についてさらに理解を深めていくことができるように思います。

展覧会の後、京都嵯峨芸術大学で開かれていたジョー・プライスさんのシンポジウムへ。たまたまこの日だったのですが、個人的には実に良いタイミングでした。プライスさんも「動植綵絵」を33幅で観ることの意義に言及されていました。そしてやはり熱心にコメントされていたのが、自然光で観ることの重要性。展示会場の人工的な照明は、本来の室内や堂内の自然光より8~10倍ぐらい明るいそうです。「動植綵絵」の鮮烈な色彩も、本来のように仏堂に掛けられた状態で観れば確かに印象は全く違うと思います。日中の太陽の光、曇りのときの光、雨の日の光、夜の蝋燭の光と、1枚の絵が光の状態によって様々な表情を見せる日本画の素晴らしさをプライスさんは強調してやみません(様々な光の状態における「積み藁」を何枚も描いたモネと比較されていたのがわかりやすかった)。またプライスさんは現在様々な光の状態をコンピューター上で再現するソフトを開発中ということで、これはとても面白そうです・・・。プライスさんが1970年に「動植綵絵」の実物を見て泣いたという話は有名ですが、後で関係者にきいたところ、今回も会場で泣いていたそうです。

シンポジウム終了後にプライスさんと少しお話しすする時間を頂けたので、今回の滞在で初めて実物を観たという永徳の聚光院襖絵(私がこのところずっと関わっている作品です)について印象を尋ねてみました。とっても嬉しそうに、「素晴らしかった!移り変わる光によってとても表情が変わってね・・・」といろいろお答え頂きました。「chinese room はあまり好きではなかった」とおっしゃったのは礼の間の瀟湘八景図(松栄筆)のことでしょうか。庭との照応についての印象もききましたが、「襖の方をずっと向いていたのでわからなかった(笑)、でも庭は後世にだいぶ手が入っているのではないか、石は同じだと思うけど」とのお答えでした。後で関係者に聞いたところでは、四季花鳥図の前で1時間ぐらいは観ていたそうです。絵を観ているときのプライスさんは、本当にいい顔をしています。

さて今回の「動植綵絵展」、確かに会場のキャパに対して人は多すぎます(思い切って予約制にしてほしいぐらい)。33幅の展示方法は素晴らしいけれど、プライスさんの話を聞いた後だと照明はもっと暗くても良いのではという気もします(本当はお寺の中で見たいのですが、それはなかなか難しいでしょう)。若冲の傑作をじっくり見たいと思っている人には、かなりフラストレーションのたまる展覧会であることは間違いありません。それでも私は、若冲の名に少しでも興味のある人は絶対に観に行くべき展覧会だと思います。しょせん昔から、所蔵者でもなければじっくり観ることなどできなかった絵なのです。33幅が揃うこの歴史的なイベントに参加して、肉眼で観ることができるだけでも幸福だと思うべきです。展示は6月3日まで。もちろん巡回などありませんので、いますぐ日本中から京都に駆けつけましょう。

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アンヘル・ロメロ&村治佳織

Romeromuraji






第49回大阪国際フェスティバル2007
2007年5月14日 フェスティバルホール
アンヘル・ロメロ&村治佳織 ギター・コンサート

武満徹:夢の縁へ
ロドリーゴ:アランフェス協奏曲
トゥリーナ:「闘牛士の祈り」作品34(弦楽合奏版)
ロドリーゴ:マドリガル協奏曲

ギター:アンヘル・ロメロ(アランフェス、マドリガル)
ギター:村治佳織(夢の縁へ、マドリガル)
指揮:山下一史
管弦楽:大阪センチュリー交響楽団

大阪国際フェスティバル最終日、再び満場のフェスティバルホールへ。まずは武満の「夢の縁へ」。弦は12型(12・10・8・8・6)。村治嬢はおそらくスペインを意識した真紅のドレスで登場。遠目でよくわかりませんでしたが、とてもキュートな姿だったことでしょう。演奏の方は、村治のソロは繊細で端整、かつドライで硬質な感じ(PAの具合もあると思います)。オケは個人的にはいまいち。「タケミツ・トーン」というわかったようでわからない言葉はあまり使いたくないのですが、この言葉がしばしば指し示している後期武満のオーケストラ作品特有の豊穣な響きは、管と弦の音量と音色を絶妙にブレンドすることで作り出されるように思います。その点からすると、今日の演奏は各パートの響きがうまくブレンドされず、妙に分析的に聴こえてしまいました。この曲の場合、ギターソロを柔らかく包み込むようなニュアンスが必要だと思うのですが、どうも弦の響きが足りない感じ。武満作品の醍醐味である、たゆたうような音の流れの中に身を浸す感覚を得ることができませんでした。村治のソロは線は細いものの、こういうドライなタッチの演奏もありかなと思います。

皆さんお待ちかねのアランフェスでは弦は10型(10・8・6・6・4)に縮小、これは後のプロでも変わらず。アンヘル・ロメロ氏は西海岸の人らしく比較的カジュアルないでたちで登場です。第1楽章が始まったときからその音色の艶やかさに魅せられます。これもPAの具合があるとは思いますが、明るく滑らかで、でも鄙びた土の感じもある魅力的な音色。第1楽章の中に頻出する細かいパッセージを、速いテンポでスパスパ決めていくテクニックも実に見事です。フレーズの微妙な間や崩し方も含めて表現に余裕があり、伊達に何十年もこの曲を弾いてきたわけではないと納得させられます。続く第2楽章も、細かい装飾のついたメロディーを歌うときの、うねうねとしたアラブ=アンダルシア的な節回しがさすが。カデンツァをかなり速めのテンポでさっさと弾き出すのにも驚かされました。そして第3楽章も軽快に駆け抜けて圧巻。オケは、ニュアンスとしてはあともう少しというところもありましたが(例えば第2楽章の練習番号8、オーボエが出るところでもっと音楽を変えて欲しかった)、全体的にはなかなか面白かったと思います。第2楽章でのロメロ氏とのかけあいも楽しめました。ただ、演奏の主導権は完全にロメロ氏にあったと思います。ある意味、アンヘル・ロメロ・オン・ステージ。もちろんそれはそれで楽しいのですが。割れんばかりの拍手。

休憩をはさんでトゥリーナ。私はあまりよく知らない曲だったのですが、センチュリーならではの透明な弦楽合奏の美しさが際立って好演でした。そしてギターデュオとオケによるマドリガル協奏曲、実演は初めてです。ステージに並んだロメロ氏と村治は父と娘という感じで、演奏の息はぴったり。ロサンゼルスやハワイでの特訓(?)の成果が出ていました。この曲は初演者でもあるペペ&アンヘル兄弟の録音が有名で、私もずっとそれを聴いていました。兄弟の音色はそっくりで、耳だけではどっちがどっちだかよくわかりません。しかしロメロ氏&村治だと、ふたりの音色の違いがはっきりとわかります。これは楽器の違いや奏法の違いによるものなのでしょう、やはり村治はドライで端整、ロメロ氏は艶やかで色気があります。オケも控えめながらしっかりとしたサポートで見事。ただトランペットは・・・とても重要なパートだけにそれなりの意気込みのある演奏で、事実素晴らしい部分もあったのですが、全体的にやや安定感に欠ける印象があったのは確かです。難しいですね。

盛大な拍手に迎えられてのアンコールは、ロメロ氏の「昨日が母の日だったので、アンダルシア出身の自分の母と、すべての母に捧げる」というコメント付きで、グラナドスのスペイン舞曲集より「アンダルーサ」。私はこの曲が大好き。村治が伴奏を、ロメロ氏が旋律を弾くという二重奏で、何だかとても温かくて泣けました。

最後に演奏とは全く関係のない愚痴。今日の私の両隣のマナーはひどいものでした。右の人はロメロ氏がひとフレーズ弾くごとに「ほんまええなぁ~」「速いわぁ~」と低い声の有声音で呟き続けるし(あなたの口は私の耳元です)、左の人は演奏中もがさごそと動き続けて、しまいにはカバンのファスナーをじゃーっと音をたてて閉めたりする。どちらもいい年のオジサンです。私は自分も生命体である以上、完全に無音でいるのは難しいということはよくわかっているので、キレたりはしません。でも演奏会は公共の場。お互いに気持ちよく音楽が聴けるように、できるだけ無音でいるような努力や我慢は絶対に必要だと思っています。個人的な印象ですが、若い人のほうが比較的マナーはいいと思います。

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エイミー・B・グリーンフィールド「完璧な赤」

完璧な赤―「欲望の色」をめぐる帝国と密偵と大航海の物語
取材先の方との雑談の中で教えて頂いた本。コチニールという(昆虫由来の)赤の染料をめぐる歴史ドラマです。こういう話は嗜好品や香辛料では聞いたことがあるのですが、染料でもあるのですね。コチニールは日本の伝統色の臙脂と同じものだと思っていたのですが、虫の種類にもいろいろあって、それぞれ違うというのは初めて知りました。古代アステカ人が野生種を改良していたという話もなかなかの驚き。美術や服飾に興味のある人は読んでおいて損はない良書です。

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チョン・ミュンフン/フランス国立フィル

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第49回 大阪国際フェスティバル2007

2007年5月10日 フェスティバルホール

指揮:チョン・ミュンフン
管弦楽:フランス国立フィルハーモニー管弦楽団
コンサートマスター:スヴェトリン・ルセヴ

フォーレ:組曲「ペレアスとメリザンド」 作品80
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

フェスティバルホールも今年で建て替えとのこと。私は人生のほとんどを東京近郊で過ごしてきたので、関西の人々ほどこのホールに強い思い入れはないのですが、改めて内装を眺めていると確かに歴史を感じます。東京でいうと上野の東京文化会館と同じようなイメージでしょうか。私にとってはおそらく今回の大阪国際フェスティバルが、現在のホールでの最後のコンサートになりそうです。

チョン・ミュンフンも東京で何度か聴いていますが、フランスのオケとの実演は私は初めてです(パリ・バスティーユとのコンビが有名でしたね)。今回のフランス近代プロは指揮者にとってもオケにとってもお家芸の領域でしょう。タイトルを並べてみただけで、フルートがんばってねという感じですが・・・。会場はほぼ満席でした。

「ペレメリ」の弦は12型。意外と小さい編成だなと思いましたが、フォーレの音楽の親密な響きを表すのには確かにこのぐらいが適当なのかもしれません。チョンのタクトから出てきた音楽は本当に柔らかく繊細なもの。霞がかかったような弦の響き、素朴で優しい管の音色、「フランスのオケ」というイメージにぴったり合った演奏です。「前奏曲」で優しく語りかけ、「糸を紡ぐ女」でキビキビと弾み、「シチリアーナ」でテンポを微妙に揺らしながらしっとりと歌って、「メリザンドの死」でシンフォニックに鳴らすという、4曲のまとめ方もストーリーがあってしっかりとしています。オケは音色の繊細さにかなりこだわっているようです。ブラーヴォ・・・あれ、フルート立たせないの?

「ダフクロ」の弦は15・13・12・10・8。グロッケンシュピールは鍵盤仕様で、チェレスタと並んでいました。これは実に素晴らしい演奏だったと思います。「夜明け」の有名な冒頭の音色の繊細さは言うまでもなく絶品でしたが、クライマックスでフォルテシモが出たときに、ただ繊細なだけではなくてここまでしっかり鳴るんだ~と驚きました。響きが全く濁らない、実に美しいフォルテシモでした。「無言劇」はもちろんフルートの独壇場。フルート隊は第1奏者だけではなく、さすがに全員が鍛え抜かれていて上手いです。アルト・フルートも見せ場を見事に決めました。そして「全員の踊り」、熱狂して加速していくリズムの昂揚感の表現がさすが。ラヴェルならではの見事な打楽器使いが大好きなのですが、シンバル奏者は「合わせ」と「バチ」を見事にひとりでやってのけて見物でした。やはり美しい音色を保ったままのフォルテシモの迫力が最高。いや~ブラーヴォ・・・あれ、またしてもフルートを誰も立たせないの?休憩。

「ハルサイ」の弦は「ダフクロ」と同じ。版についてはプログラムのどこにも明記されていませんでしたが、1947年版(1967年再改訂)で間違いないと思います。冒頭のファゴットが吹き始める前、ホールに完全な沈黙が作り出されるまで待つことで作り出された緊張感が印象的。そしてこの演奏は・・・う~ん、明らかに最近の「ハルサイ」の傾向であるシャープでキレのあるリズムを強調した演奏とは違う傾向のもの。個々の楽器の響きを集積してマッシヴな迫力で攻めてくるといった感じの演奏です。だからニュアンスがちょっと重い感じで、最近のキレのある演奏に慣れてしまった耳にはやや不明瞭に聴こえるところがありました。縦線が微妙に揺らいだり、ここにきて若干のミスも目に付きます(まあ、たいしたことではありませんが)。ティンパニは基本的には「ひとり叩き」で、必要なところだけもうひとり加わるというパターン。ギロはふたりでギシギシやってました。面白かったのは例の「11連打」がかなり遅いテンポだったこと。これも「重め」の印象につながっています。そして指揮者によっていろいろと手を加えることも多い「いけにえの踊り」はたぶん楽譜通りにやっていた模様(遠くて完全に判別できなかったのですが、ピツィカートはなかったと思います。近くでご覧になった方がいれば教えてください)。全体に打楽器を含めて音色にはかなりのこだわりがあるようで面白かったのですが、個人的にはもうちょっとリズムのキレが欲しいかなと思いました。時々スリリングな展開にアドレナリンが出まくるような演奏もあるのですが、今回はそこまでではなかったかと。重量感と迫力はかなりあったのですが・・・。まあ、これもひとつのスタイルで、演奏として悪くはなかったです。ファゴット立たせていますが、それだけ。もうちょっとメンバー紹介してほしい・・・。

アンコールは歌劇「カルメン」前奏曲。もうこれは余裕綽綽の見事なパフォーマンスでした。今回聴いてみて、チョン・ミュンフンは繊細な音楽作りをする点でやはりフランスのオケと相性が良いのだと感じました(逆に、アメリカの地方オケとかは難しそうですね)。また、この人は強烈な個性的解釈を打ち出すというよりは、そのオーケストラの得意とする部分を最大限に引き出してくるタイプの指揮者なのだということも理解しました。それにしても「ダフニスとクロエ」は良かった。CDで全曲版も出ているようですが、ぜひ合唱つきで実演を聴いてみたいものです。

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バベル

バベル-オリジナル・サウンドトラック
日本では賛否両論が続出している話題作。「何が言いたいのかわからない」というような感想は論外として、作品に真剣に向き合った人たちの間でも評価は割れているようです。5月8日の朝日新聞朝刊(大阪本社版)に沢木耕太郎の評が出ていましたが、沢木はこの野心作はついに「傑作」たりえなかったという評価のもと、その原因を分析しています。大まかに言うと、ひとつは異文化を無理なく描くことに失敗しているという点。そしてもうひとつはほとんどの登場人物が類型的に設定されているがゆえに内面を演じ切れていないという点。唯一の例外が菊地凛子の演じたチエコであり、それゆえに菊地の存在がブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、役所広司といったスターよりも際立ったのだというのが沢木の指摘でした。この分析は全くその通りだと思いますし、要は監督が最初に作り上げたプロットとその概念枠組みに固執したことによって生じたマイナス面です。しかしながら、それが致命的な失敗になっているかというと、私には決してそのようには思えないのです。以下ネタバレ注意。

まず最初の点から言うと、確かに日本人として見ると不自然な点はあります。高校生の描写はさほど気にはなりませんが、一番ひっかかるのはいくら富裕層とはいえハンティングが趣味という設定のありえなさでしょう。「欧米か!」という感じですが、物語の舞台が日本に決まったとき、ここだけはプロット上どうしても変更不可能な点だったわけです。しかし逆に言うと、完全に無理があるのはこの点だけ。私にとっては、このくらいの「ありえなさ」は「ロスト・イン・トランスレーション」(ひどい作品でした)に比べれば何てことはないというのが実感です。沢木が指摘するように、ライフルを現地のガイドにあげるという行為も確かに不自然ではあるのですが、これもプロット上どうしようもないところ。そしてこういう不自然な設定が許せるかどうかというのは、そのプロットで監督が表現しようとしていることに共感できるか否かが大きく関わってくるように思います。この作品の場合、この程度のことであれば私は許します。もちろんこれは日本パートについての日本人としての判断なので、モロッコ・パートについてモロッコ人がどのように考えるかということはまた別ですが。

2番目の点については全くその通りだと思うのですが、実はこれこそ監督が意図したことなのではないでしょうか。その意図が本当に最初からあったかどうかはわかりませんが、撮影を進める中で(そして編集の過程でも)、声を発しないチエコが一番ストレートに自らの内面を相手に伝えようとしているというパラドックスが次第に強調されていったことは間違いないと思います。監督が「一番よかったのは、人を隔てる壁について撮り始めたのに、人と人を結びつけるものについての映画に変わったことだ」と語っているのは、制作過程で自分が扱っている主題に対して理解を深めていった結果、作品が変容していったことを示していると思います。プロットとしては、互いに心の壁を作って理解しようとしないことから引き起こされる悲劇を、悲劇のままに描き切ってもよかったのです。アフメッドが撃たれるだけではなく、スーザンもマイクもデビーも死んでしまっても、ラストは同じシーンで終結できます。しかし監督はそのような道には進まず、チエコというパラドキシカルな存在をストーリーの軸に据えていくことで、人と人とが真に結びつくにはどうしたらよいのかをポジティヴに考えるという流れに持っていくのです。確かにコンセプトにこだわりすぎたあまり登場人物の演技は類型化しているのですが、ここでもやはり監督が描こうとするテーマの重要性とその語り口の真剣さを前にすると、私はそれが致命的なマイナスになっているとはとても思えません。

複数の独立したエピソードが時間軸をずらしながら交錯してからみあい、見る人の心の中で共鳴するという手法は「アモーレス・ペロス」「21グラム」と共通しているのですが、本作ははるかに構想が大きいだけに、そこまで緻密に成功しているかと言われればそうではない部分もあります。しかし追求されているテーマは実に普遍的かつ人間的であり、心に訴えかけてくるものだと私は感じました。余計なことですが、「チエコの書いたメモが明かされないのが欲求不満」などという感想も私には理解不能。あれは居酒屋でそれを読んだケンジの複雑な反応と、その後で全裸でバルコニーに立つというチエコの行為から観客が内容を想像するべきものだと思うので、すべてを説明しつくして想像の喜びを奪ってほしいというような意見は私にはとうてい納得できないのです。

映像はモロッコ・日本・メキシコと舞台ごとに色調を変えた美しいもの。アップを多用したハンディの映像の生々しさには好き嫌いがあるかもしれませんが・・・。また特筆したいのは音響設計で、音楽とSEが複雑にミックスされ、さらに「聴こえない」チエコの世界を表す無音状態も効果的にカットインされる手腕が見事です。そしてグスターヴォ・サンタオラヤの音楽もいつもながら秀逸。私もウードという楽器は大好きなのですが、寂寥感のある響きが運命の非情さと人間の心の温かさの両方を感じさせて印象的です。「アラブの楽器で、スペインのギターの祖先で日本の琴にも似ている」というような理屈付けは、まあ後から考えたものでしょうけどね。

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督、メキシコ、2006年。

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Björk 「Volta」

Volta
mixi のこの作品のレヴューの中に、「マドンナを聴くとアンダーグラウンドでどんな音楽が流行っており、それをメインストリーム受けさせるにはどうしたらよいかがわかる。ビョークを聴くといまどんなミュージシャンやエンジニアがヒップで、どういう音をやればマニアや自称音楽通から注目されるかがわかる」という趣旨のことを書かれている方がいて、言い得て妙だなと思ってしまいました。鋭い指摘です。ただ、私はそういう作り手側の計算は全く非難されるようなことだとは思いません。むしろ、ポップ・ミュージックというのはそういう風に高度な計算の上に作られる商品だと思っているし、またそういう冷静な計算に「芸術性」や「初期衝動」というフィクション(物語)をまとわせるテクニックをこそ評価したいと思います。さらに言えば、実は音楽というものはそのような作り手の計算ですらするりと抜け出てしまうものだとも考えています。音楽の力を信じるとは、つまりそういうことではないでしょうか。

すでに多くの人が指摘しているように、内省的だった「Vespertine」(01)「Medulla」(04)から一転してアッパーな作品。生々しいビートが支配する攻撃的なサウンドは、ビョークが求めていたものが直接的な肉体性であることを端的に示しています。コラ、リケンベ、ピパといった非西洋楽器のサウンドもその方向性に沿うもの。そしてこういった「陽」の部分を際立たせるための「陰」の部分の作り方に、逆に知恵をしぼっているかなという気がしました。サウンドで言えばアイスランドのホーンセクション、クラヴィコード、そして何と言ってもアントニー・ヘガティの使い方でしょうか。実によく考えられています。歌詞もこの二分法に見事に対応していて、社会的・政治的なステートメントの一方で親密な囁きがあり、作品としてのバランスをとっています。

容易に想像できるのは、世界の政治経済システムの歪みが現在最も顕著に現れている中東・アフリカ・アジアという非西洋的文化圏にある種のパワーの凝縮を感じていて、そのヴァイタリティを自らの作品に取り込もうとしているということでしょう。ヒンドゥー的なジャケットのアートワークもまた然り。その意味で、彼女がやっていることは別に新しいことではないのです。ただ、その表現は最新型であり、それがポップ・ミュージックとしては重要なところだといえます。

最後にこの超不評なシール付きデジパックの仕様について。さすがにシールの接着力は比較的強く作ってあるので、接着面を汚さないように気をつけながら、シールの半分だけはがして開けたり閉めたりしていればいいのでは。私はそうしてます。

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最相葉月「星新一 一〇〇一話をつくった人」

Hoshi星新一にはまっていたのは、小学生のときだった。やはり熱烈な愛読者だった同級生から勧められて読み始め、たちまち夢中になってしまった。新潮文庫から出ていたショートショート集はすべて読んだと思う。エッセイ集もほとんど読んだし、星新一が選者だったショートショート・コンテストの入選作を集めたものも読んだ。しかし、「人民は弱し 官吏は強し」「祖父・小金井良精の記」といった評伝は難しく感じられたのだろう、タイトルは良く知っていたが、読んだ記憶がない。そしてあれほど夢中になったにも関わらず、中学に入る頃にはすっかり読むのをやめてしまった。家族で海外に引越したために本を大量に持っていけなかったという事情もあったのだが、積極的に「卒業したい」と思ったことも大きい。作品の完成度の高さは十分に認めつつも、星新一から離れることが、幼少期の自分と決別する重要な行為に思われたのだ。自分の作品が子供にわかるとは全く思っていなかった星がそんなことを知ったら、いったいどんな顔をしただろうか。子供時代の熱狂と、その後の完全な忘却、しかし心の奥深くに刺さった棘のように残っている作品の暗い影。「あとがき」を読んでいて、著者もこの作家について全く同じような経験をしていることを知り、驚いた。この体験を共有している人はきっと多いに違いない。そして、誰もが書店でこの評伝を手にとらざるを得ないのだ。あの体験はいったい何だったのかを知りたくて。

星新一が星製薬の御曹司であったことは有名だし、彼自身もエッセイで書いている。さらに父についての文学的評伝も残している。しかし著者はこの点にさらに深く切り込み、徹底的なリサーチをもとに、父・星一という人がどういう人物であったのか、星製薬とはどのような会社であったのかを当時の時代背景と共に詳細に描き出す。それはすなわち、御曹司・星親一がなぜ作家・星新一へと生まれ変わらねばならなかったのかを明らかにすることでもあるのだ。本書の前半の内容はこれに尽きるが、実に圧巻。そして後半は作家として当時全く認められていなかったSFというジャンルを開拓し、しかも日本では誰も手がけていなかったショートショートという形式を探求した星の成功と苦悩を描いてこれも読ませる。とんでもない発想の持ち主で、(おそらくはサービス精神も手伝って)奇人変人に近い発言を繰り返していた星の横顔は実に興味深い。また、あのセンスあふれる短編のアイディアがどのように生まれてくるのか、それを可能にしたのはどのような修練だったのかということに迫る視点も、なるほどと唸らせる内容の連続だ。それにしても、星がショートショートを書きまくっていた全盛期がこんなに昔のことだとは!著者も漏らしている感慨だが、70年代後半から80年代前半の子供時代に星のショートショートを愛読していた読者にとっては、何の疑問もなく同時代の作家という意識だったと思う。しかし彼の代表作は基本的に50年代末から60年代に書かれており、時代の変化に合うように手直しを重ねていたのだ。星が読者層の低年齢化に当初は懐疑的だったことも初めて知った。私たちは、作者の全く想定していないところから現れてきた読者層だったのだ。読みやすいということで教科書にもとりあげられるようになった星のショートショート。しかし、それは本当に「子供向けのエンターテインメント」だったのだろうか?

子供時代の私は、星のショートショートを何度も読み返すうちに本当に怖くなってしまったことがある。そのときはそれがどうしてなのかはよくわからなかった。自分の死が怖いという感情に似ているのだが、もっと絶望的な気持ちにとらわれてしまい、大げさではあるが生きていく希望を失ったように感じて深く落ち込んだ。ひとつの文学作品にそこまで影響されたのはそのときが初めてだった。この体験が、やがて星新一を読まなくなった遠因であるようにも思う。本書でも書かれているように、星の作品は「人がみんないなくなる。世界は滅んでしまう。静寂が訪れる。すると、機械がカタコトと動き出す。そんな物語ばかり。悲観的で、絶望的で、厭世的で、せつなくて、かなしくて」。今になってみれば、星の小説世界のベースとなっている虚無感が少年時代の私を強く揺さぶったのだということがわかる。そしてその虚無感が、彼が星製薬という会社を巡って直面したドロドロの人間関係と恐ろしい修羅場の経験から生み出されたものだということも。星作品は確かに読みやすいので、子供でもその世界に入っていける。それはいいことだ(星は後には低年齢読者層の存在を見直していた)。しかしそこに広がっている世界の深い悲しみは、ある程度の社会経験を積んだ大人でないと確かに味わえないと思う。あれほどの絶望感を自分が感じたことを思うと、これは相当の「毒」なのではないかとすら、今では思う。

「1001編」を書き終えた後、抜け殻のようになってしまった星の人生を知るのも、かつての読者にとっては辛いことだ。彼をそのようにしたのは、私たちに他ならないのだから。彼の死をニュースで知ったとき、私の心の中にはあのとき感じた深い絶望感がまざまざとよみがえってきた。しかしまだ読み返そうという気にはならなかった。本書で彼の人生をより詳しく知った今、改めて読み返して見たいと思った。今の私は何を感じるだろうか?

最相葉月の著作は「絶対音感」以来。「絶対音感」は、とっても面白いテーマで前半はぐいぐい読ませるにもかかわらず、後半で五嶋家の話にストーリーが流れていってしまうのが大失敗だと思う。しかし今回は素晴らしい。遺品整理を行って発見した一次資料を駆使して、これまで誰も知ることができなかった星新一の真実の姿に迫っている。インタビューも貴重な証言の連続で、とくに日本SF黎明期の記述は高い価値を持つ。600頁近い大作だが、1日かけて一気に読んでしまった。私と同じように、子供時代に星新一を愛読していた人々に強くおすすめ。

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ベルギー王立美術館展

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東京展もあったようですが、大阪・国立国際美術館に巡回中。金曜日は夜7時まで開いているということもあって、連休中の気持ちよい夕方に出かけて参りました。

ブリューゲル、ルーベンスからマグリット、デルヴォーまで、フランドル/ベルギー美術400年の歴史を時間軸に沿って振り返る展覧会。少し話題になっているピーテル・ブリューゲル[父](?)「イカロスの墜落」、私の手元の作品集でも「疑わしい作品」となっていますが、初めて実物を見ました。う~ん、素人判断ではなんとも。人物の描写は共通していますが、模写かもしれませんね。ルーベンスの「聖ベネディクトゥスの奇跡」とドラクロワによるその模写が並べられているのが面白い。ルーベンス作品は未完なのですが、その荒いタッチが確かにドラクロワのロマン主義絵画を思わせる。影響関係が見事に読み取れる展示でした。ヴァン・ダイク、ヨルダーンス・・・とフランドル絵画の王道が続き、宗教画、静物画、風景画、風俗画、肖像画・・・。最近は本当にこういうのをじっくりと見るのが楽しく感じられます。やがてロップスやアンソールがきて(「怒れる仮面」もいいですが、「黄金の拍車の戦い」が最高です。キリストになってしまったデューラーまがいの自画像も必見)、象徴主義はクノップフ、デルヴィルなどなど。音楽好きとしてはクノップフの「シューマンを聴きながら」を見ることができてよかった。心に残る作品です。しかしモネやスーラの影響下に描かれたエミール・クラウスたちの作品は二番煎じの感を拭えない。ベルギー美術の復権はやはりシュールレアリスムまで待たねばならず、マグリットの名作「光の帝国」は何度見てもいい作品だと思います。以前にこの絵と向き合ったのは17歳のときに行ったマグリット展だと思いますから、およそ20年ぶりの再会です。マグリットは知的操作が勝ちすぎてつまらないと思うこともしばしばですが、イメージ(タイトルも!)が詩的に結合したときのマグリットは素晴らしい。そしてデルヴォー、「ノクターン」と「夜汽車」が見られるのだからもはや言うことはないです。

まさにフランドル/ベルギー美術の黄金の歴史のエッセンスを示した、的確なチョイスによる良質な展覧会だと思います。特筆するべきは、かなり多くの作品がガラスケース入りでなく見られるところ。ガラスをはめてある作品もケースに入っているのではなく絵の上にかぶせてあるので、近寄って確認することができます(多少見にくいことは確かですが)。連休中でも結構すいていましたが、開館時間延長の日を狙って行ったのがよかったのかもしれません(おすすめです)。6月24日までやっていますので、関西在住の人々はぜひ。鑑賞後はベルギービールが飲みたくなること請け合いです。

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UA 「黄金の緑/Love scene」

Goldengreen




「Sun」(04)→「Breathe」(05)、そして菊地成孔との「cure jazz」(06)と、どんどん先鋭的になっていくUAは聴いていてとても刺激的だけれど、あまり面白いとも思えない局面もしばしば現れてきたので、どこに行ってしまうのだろうという気がしていました。しかしこのニューマキシシングルを聴く限り、どうやら杞憂だったようです。しっかりした楽曲とUAならではの包み込まれるような歌声による、とても上質なポップ・ソングが並んでいます。ライター陣は「黄金の緑」は内橋和久(ふたたび)、「Love scene」は朝本浩文(おひさしぶり)、そしてカップリング曲「Touch me not」は羽鳥美保(なんと)と充実。バックもいつもの内橋+鈴木+戸山のチームに松本治、青木タイセイのホーンセクション。このフリューゲルホルンとトロンボーンを中心としたふわ~っとした気持ちの良いホーンセクションが曲の印象を大きく決めているところがあり、このあたりは「Breathe」と連続した内橋ワールドでしょう。でも音楽世界はかつて(「AMETORA」とか「turbo」の頃)のUAにとても近いところにあるので、最近の展開についてこれなかったかつてのUAファンも楽しめると思います。6月のニューアルバム「Golden green」も期待できそうです。

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トリビュート 細野晴臣とジョニ・ミッチェル

細野晴臣トリビュートアルバム-Tribute to Haruomi Hosono-
細野晴臣トリビュート・アルバム
発売予告を見たときからその参加メンバーの豪華さには驚きましたが、とうとう出てしまいました「細野晴臣トリビュート・アルバム」。高橋幸宏、坂本龍一、コシミハル、鈴木惣一郎といったところはもちろんのこと、ヤノカミ(矢野顕子+レイ・ハラカミ、ついにコンビ名がついてしまった)、高野寛+原田郁子、コーネリアス、スカパラ、リトル・クリーチャーズ、ジム・オルーク+カヒミ・カリィ(!)という名前が並び、とどめはヴァン・ダイク・パークス、ウッドストック・ヴェッツ(ジョン・サイモン、ジョン・セバスチャン、ジェフ・マルダー、ガース・ハドソンほか)。これだけ豪華なメンバーが並び、しかもトリビュート盤ではおなじみの「どうしてこの人?」という疑問がまったくないというところが凄いです。細野晴臣の60歳を祝福するのに、まことにふさわしい人選。細野ミュージックの遺伝子が、現代日本のポピュラー音楽シーンの良質な部分をいかに築き上げてきたかということの証明でもあります。さらに、どのトラックも期待に応える素晴らしい出来栄え。ここまでトラックの平均点が高いトリビュート・アルバムというのはなかなかないと思います。選曲もはっぴいえんどやYMO、オリジナル・アルバムだけではなく、提供楽曲からも採られていてヴァラエティに富んだもので飽きさせない。あえて1曲だけコメントするならば、ワールドスタンダード+小池光子の「三時の子守唄」が強く心に残りました。小池光子の歌が本当に良いです。ハリー万歳。

A Tribute to Joni Mitchell
A Tribute to Joni Mitchell
まだ国内盤は出ていないようですが、こちらのメンバーもハリーに負けないぐらいの豪華さと「納得感」があります。トラック順にスフィアン・スティーヴンス、ビョーク、カエターノ・ヴェローゾ、ブラッド・メルドー、カサンドラ・ウィルソン、プリンス、サラ・マクラクラン、アニー・レノックス、エミルー・ハリス、エルヴィス・コステロ、k.d.ラングときて、元彼のジェイムス・テイラーでしめる(しかも「River」ですよ。誰もが「あの頃このふたりはね・・・」と感傷的にならざるを得ない)という巧みな構成。ジョニ・ミッチェルの音楽遺伝子も広範な影響力を持っていると思うのですが、この並びには参ったとしか言えません(私の好みにぴったり一致していることもびっくり)。こちらは既出のカヴァーも含む企画ですが、隠れ(?)ジョニ・ファンとして有名なプリンスの「In Case of You」などはやはりこのアルバムからは外せないトラックでしょう。カエターノ・ヴェローゾの「Dreamland」は聴かなくてもほぼ仕上がりがわかる絶妙のマッチングですが(そして事実そのまんま)、インパクトが強いのは冒頭の2曲、スフィアン・スティーヴンスの「Free Man in Paris」とビョークの「The Boho Dance」でしょうか。90年代後半から安易に連発された結果、かなり食傷気味になってしまったトリビュート盤という企画ですが、良質なものはやっぱり良いです。ノンサッチ、いい仕事してます。

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モディリアーニと妻ジャンヌの物語展

Modigliani_1連休中、所用で東京に戻ったついでに Bunkamura ザ・ミュージアムで開かれているこのモディリアーニ展を見てきました。というか、モディリアーニ&ジャンヌ展ですね。ジャンヌ・エビュテルヌについては一般的にはこれまで「モディリアーニの死後に後追い自殺をした妊娠中の恋人」というぐらいの認識しかなかったのですが、最近になって遺族が保管してきた彼女の作品や写真、手紙などが公開されたことにより、ジャンヌ自身も本気でアーティストを目指していた人物だということがわかってきたということのようです。この展覧会も、モディリアーニというよりはジャンヌに大きく焦点を当てた展覧会ということができるでしょう。

Jeanne_3だいたい、ジャンヌという人はこれまでまともな顔写真すら知られていませんでした。どうにもモディリアーニが惹かれるような美人とは思えないボケボケの写真が1枚あっただけ。しかし今回、遺品のひとつである16歳のときのポートレイトが紹介されており(左)、これが従来のジャンヌ像を完全に覆すような実に強い眼差しの美少女なのです。このインパクトのある写真は展覧会のPRでも象徴的に使われていますが、確かにジャンヌという女性、単なる「モディリアーニの恋人」ではなかったのです。

ふたりが出会う前から、出会って同棲を始め、ニースへの旅を経て、悲劇的な死に至るまでの作品が時間軸に従って並べられています。モディリアーニと出会ったとき18歳の画学生だったジャンヌの作品は、予想以上にしっかりしたもの。17歳ごろに描いた「ネール・ドフ著『飢餓と悲嘆の日々』の挿絵のための下絵」の時点から、その線の強さが際立っています。面白いのはモディリアーニとジャンヌが同じモデルを描いた作品の比較で(モディリアーニのものは展示されていませんが)、友人のスーチンや音楽家パラノフスキーを描くとき、ふたりは全く違うスタイルで描いているのです。本展キュレーターのマルク・レステリーニが指摘している通り、ひたすら人物表現に固執するモディリアーニに対し、ジャンヌは背景の室内や服装、小道具などにも丁寧な眼差しを注いでいます。これらの作品を見るとき、画家ジャンヌにとって画家モディリアーニとはいったいどんな存在だったのか?と改めて考えざるを得ません。すでにモンパルナスの有名人だったモディリアーニは、ジャンヌにとっては先輩であり目標となる人物のひとりであったことは確かだと思いますが、彼女がふたりの方向性の違いもしっかりと認識していたということは明らかです。画家ジャンヌが単なるモディリアーニの崇拝者・追随者ではなく、自己表現を目指すひとりのアーティストであったことは残された作品から明確にわかります。

ただ、画家ジャンヌに光を当てようという企画のため、彼女の作品の評価がややオーヴァーになっている感じもします。確かに「クローシュ帽の女」といった2人の生活の最後期にあたると推測される作品からは彼女が確立したオリジナリティが感じられますが、「肩をあらわにしたジャンヌ・エビュテルヌ」「ロジェ・デュティユール」「アニー・ビャーネ」といった同時期のモディリアーニ最晩年の作品群と並べてみると、その完成度の差は歴然としています。やはり、ジャンヌはまだ完成された画家ではなかったと見るのが正当な評価でしょう。もし彼女がモディリアーニの死後も画業を続けていれば、おそらくかなりの名声を博したのではないかと思うのですが・・・。

ジャンヌがモディリアーニの死の前後に描いたと考えられる4枚の水彩画-「『レ・シャンソン』誌のある室内」「モディリアーニとジャンヌ・エビュテルヌ、ニースにて」「死」「自殺」-はショッキングです。自分とモディリアーニの生活を回想するこの連作には、彼女がすでに自らの死を意識していたことが直接的に描かれています。ジャンヌの自殺(彼女は実家のあったアパルトマンの6階から飛び降り自殺した)はしばしば鬱状態による衝動的なものと考えられたりもするのですが、この絵を見ていると、おそらく2人の生活の末期にはすでにこのシナリオは(少なくともジャンヌの心の中では)作られていたのではないかと考えざるを得ません。しかし彼女の死によってその心の闇は謎に包まれてしまいました。展示の最後には彼女の遺髪-やや栗色がかった光沢を放つ美しい黒髪-が置かれています。まるで、彼女の永遠の沈黙を象徴するかのように。

今月号の「芸術新潮」にこの展覧会の特集が掲載されているのですが、その中で書かれていたモディリアーニ論がなかなか興味深いものでした。モディリアーニといえばモンパルナスの異邦人というイメージが強いのですが、もともとイタリアで美術教育を受けた彼の美意識の根底には実はギリシャ・ローマ以来の地中海的人体美が強くあるというのがその趣旨です。前衛美術の主流となったゲルマン的な装飾・抽象表現とは全く違う世界。一時期彫刻家を目指したのもこの美意識に由来する方向性だし、異様なほど肖像画にこだわり続けたのも自分の美意識をつきつめた結果ということになります。長い首の上にちょっと斜めにかしげた頭部が載る独特のS字型のポーズが、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」にまでさかのぼるマニエリスム的人体把握だというのも、なるほどという指摘でした。これからはさらにモディリアーニを面白く見ることができそうです。

東京展のあとは6月から札幌、8月から大阪(大丸ミュージアム・梅田)、9月から島根、そして11月から山口と年内は国内を巡回するようです。モディリアーニとジャンヌの関係を脱神話化するというきちんとした視点と新しい発見のある刺激的な展覧会ですので、ご興味のある方はぜひぜひ。

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