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「ペトルーシュカ」を聴く (2)

「ペトルーシュカ」に次から次へと登場する民謡、子守唄、流行歌といった民俗音楽の要素は聴いていて楽しいものです。「ロシアの踊り」や「子守女たちの踊り」の旋律には、いますぐ歌詞をつけて歌えそうな気すらします。しかし、ストラヴィンスキー自身が「『ペトルーシュカ』の作曲において、私は民俗的な要素には全く魅せられることはなかった」と明言していることは留意しておくべきでしょう。要は、彼は「五人組」-ラヴェルのボロディンへの傾倒からもわかるように、当時のフランス楽壇ではかなり人気があった-のようにロシアの民俗音楽の要素を作風として打ち出そうとしたのではなく、あくまで「素材」としてこれらの民俗音楽の要素を扱っているに過ぎないということです。では何のためにそれらの素材を扱ったかというと、「コラージュ」-すなわち調性やリズムが互いに無関係な断片を切り貼りして重ね合わせ、音楽を構成するという作曲手法を試みるためでしょう。これは当時としても決して目新しい手法ではなかったと思います。しかし「ペトルーシュカ」におけるこのコラージュの使用は極めて効果的であり、この作品を魅力的なものにしている大きな要因となっています。このことはしばしば同時代人ピカソのコラージュ作品との共通性として語られるのですが、美術の世界でこの話を敷衍するならば、私はむしろカンディンスキーのことを連想します。初期のカンディンスキーも、ロシアの民話に題材を求めた作品を数多く制作しています。しかし彼もまた民俗的な要素に興味を持っていたわけではなく、民話の世界を描くのであればどのような色彩を使っても誰も文句を言わないだろう、という表現上の挑戦のためにそのような選択をしていたのです。ストラヴィンスキーと全く同じです。自らの没落を予感し、再生のために辺境からのエキゾチシズムを求めた20世紀初頭のヨーロッパの芸術界に対して、ロシアからやってきた芸術家たちは実に知的で戦略的な方法で自らを売り込んでいったのです。

Svetlanov




Svetlanov / The USSR Symphony Orchestra
(1970 Moscow? Live)

1911年版。これは怪演というべきでしょう。出だしは、少し遅いテンポだな、いつも通り金管と打楽器のパワー全開・・・と思うだけですが、「ロシアの踊り」が始まった瞬間に驚愕します。お、遅い。しかも重低音が効いている。3体の人形が軽やかに踊っているというよりは、3頭の熊がドスドス飛び跳ねているという感じです。おまけにスヴェトラーノフ自身が指揮台で飛び跳ねている音までしっかり入っているのだから笑えます。やたらヘヴィで異様な演奏だな~という印象は続きますが、ライヴといえども決して荒っぽいわけではなく、演奏自体は意外と細かく仕上げてあるのも面白いところです。スヴェトラーノフがよくやるオリジナルな味付けも何ヶ所かあり、例えば「ワルツ」のフルート、スタッカートのところをフラッターツンゲ(!)しています。こんな演奏、他で聴いたことありません。その後、ペトルーシュカが嫉妬するところのヴィオラと第2ヴァイオリンの刻みがスル・ポンティチェロになっているのも楽譜にはない工夫です(楽譜では単に「デタシェ」)。そして聴き物は何といっても第4場。遅いテンポで迫力のある重低音を効かせながら舞曲が進行していきますが、この「馭者と馬丁の踊り」は何でしょうか。遅い、そして重い。巨大な音の塊がスローモーションで次々と落下してきては、大地に激突して弾んでいるような感覚です。異形の演奏としか形容できません。いわゆる「スヴェトラ節」と呼ばれているものは、リヒテルが指摘しているように(「不幸にして」)、彼が師のゴロワーノフから受け継いだ側面が大きいのではないかと私は感じています。そして私はその洗練されていない感覚が実はあまり好きではないのですが、彼のある種の演奏が「面白い」ことを認めるのにやぶさかではありません。そしてこれはそんな演奏のひとつです。・・・おそらくストラヴィンスキーはこんな演奏は絶対に認めないと思いますが。

Boulez




Boulez / New York Philharmonic
(1971/5/11 NY)

1911年版。このように時代を追って聴いていくと、これはやっぱり凄いと思います。何が凄いかというと、よく言われていることですが、楽譜に書いてあることが全部きちんと鳴っているということです。もちろんこれまでの人がいい加減だったわけではないのですが、演奏の精度が確実に違います。その精密さはとくにやはり音価とリズム構造に対して極めて厳格に適用されていて、それがクールでありながらも迫力のある演奏の大きな要因になっているように思います。1911年版「謝肉祭の市場」の3/8、4/8、2/8、5/8という変拍子の部分は速いテンポでアンサンブルを合わせるのがかなり難しいらしく、ボロボロな演奏も散見しますが、ここでは見事にスッキリと合っていて気持ちが良い。全体的に速いテンポで進めているにもかかわらず、縦線の乱れがほとんどない。これは、ストラヴィンスキーを演奏する上でとても重要なことなのではないかという気がします。またこのスッキリとした演奏が、曲のコラージュ的な構成を強く浮かび上がらせるということにもつながっています。各場をつなぐ太鼓連打も楽譜の指示をきっちりと守ったもので、「遠くで」という指示の通りに小さめの音になっていたりします。欲を言えば、もっと叙情的な部分とのメリハリが欲しいかな・・・とも思いますが、何はともあれ、ブラーヴォ。

Davis




Davis / Royal Concertgebouw Orchestra
(1977/10 Amsterdam)

1947年版。この版でブーレーズのようにやってみたらどうなるか・・・という答えがこの録音であるように思います。速いテンポ、まったく乱れのない驚異的なアンサンブル、はっきりしたリズムを打ち出した演奏。もちろん1911年版よりはリズム構造は単純になっているのですが・・・。ブーレーズ/NYP盤にはなかった叙情的な聴かせどころもあり、実に達者。このオーケストラは音色も素晴らしいし、スリリングなドライヴ感、本当に上手いと思います。そして、音楽の切れ目(’)でふっと生まれる長めの間が実に効果的。デイヴィス氏は指揮しながら歌いまくっている。たぶんとっても気持ちいいんでしょう。

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