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「ペトルーシュカ」を聴く (1)

先日の関フィルの定期演奏会を契機に、「ペトルーシュカ」の様々な録音を聴いたので、その簡単なレヴューを。その前に少し考えておきたいのは、やはり版の問題です。よく知られているように、この曲には1911年版(いわゆるオリジナル版)と1947年版の2つの版があります。ストラヴィンスキー自身がアメリカに渡ってから行ったこの改訂作業は、音楽的というよりも経済的な理由が大きかったとしばしば指摘されます(著作権システムがまだ整備されていなかった当時、以前ロシアで出版した楽譜に基づいて演奏が行われても、亡命ロシア人だった彼の懐には一銭も入ってこなかったのです)。音楽的に見た場合、2つの版の最も大きな違いは4管編成だったものが3管編成に縮小されていることですが、これもコンサートで取り上げやすい曲にして、上演回数を増やすための工夫とも考えられます。しかし違いはそれだけではなく、ピアノの役割の重視、楽器の変更、リズムの単純化などにも及んでおり、2つのスコアは視覚上も聴覚上もかなり異なると言ってよいでしょう。ストラヴィンスキー自身も、「第1版と第2版は、地質学的に言えば2つの層のようなもので、互いに何の関係もない」と述べています。私見では、それぞれの版はその拠って立つ思想が全く異なり(1911年版はバレエという舞台芸術の一部として、そして1947年版は独立したコンサート・ピースとして編まれている)、1911年版はひとつひとつの音が舞台上の身振り=身体運動を引き出すような物語性に溢れているのに対して、1947年版はそのような余計な意味を音から削ぎ落とし、「音の運動性」そのものに力点を置いたものであるように思います。録音では1911年版をとりあげる指揮者も結構見られるものの、実演では1947年版に出会うことの方が多いようです。個人的な好みとしては、どちらかといえばオーケストラの迫力と色彩感に勝る1911年版により魅力を感じるのですが、1947年版のオーケストレーションの巧みさ(少ない楽器で最上の効果を上げる手腕)を高く評価する声もよくわかります。要は、いい演奏であればどちらでも良い・・・ということで、年代順に聴いていきましょう。

Stravinsky28






Stravinsky / The Symphony Orchestra
(1928/6/27&28 London)
作曲者による初めての録音(初録音は1924年のグーセンス盤、未聴)。この変名オケはロンドン交響楽団のメンバーがHMV以外で録音するときに使用するものらしいです(このレコーディングはコロムビアによるもの)。1911年版ですが、SPの録音時間の限界もあり、かなりカットがあります(第1場「謝肉祭の市場」のいろいろ、第3場後半のムーア人と踊り子のくだり、第4場の「農民と熊」「ジプシー女と商人」、それに各場のつなぎとなる太鼓連打)。最後もバレエとは違ういわゆる「コンサート・エンディング」(これは1911年版にも付されている)となっていて、組曲版にも似た「短縮ヴァージョン」の演奏です。予想通りの針音に包まれた古めかしい録音のため、この曲の命である色彩感が感じにくかったり、ソロ楽器の音がオフ気味だったりするのは致し方なく、またアンサンブルにも乱れがあったりします。しかしながら強い推進力は感じられますし、時々「こんな音あったんだ」と思ったりするのは、作曲者ならではの録音と言えるかもしれません。

Markevitch_1




Markevitch / Philharmonia Orchestra
(1954/4 London)

組曲版(1911年版による)。まあそれなり・・・という音質ですが、このコンビの名盤として知られる「春の祭典」同様に、躍動感溢れる鋭い切れ味のリズムが特徴です。アンサンブルは一糸乱れぬ、とはいかずミスもありますが、第3曲の舞曲の連なりがうねるように盛り上がっていくところなどは凄い。全曲盤を残してくれていたら・・・。

Monteux




Monteux / Paris Concervatoire Orchestra
(1957 Paris)

1911年版。初演者モントゥーの録音、ピアノはジュリアス・カッチェン。1957年の録音ながら、1911年版ならではの色彩感が見事に表出されています。フレージングや音色が実にニュアンスに富んでいて繊細、さらに迫力も十分。おおむね中庸なテンポで進行していきますが、音楽の流れは緩急自在(「馭者と馬丁の踊り」でぐっとテンポを落とすところが好き)。ただしアンサンブルにはちょっと危ない箇所もあります(しばしば縦線が崩壊する)。場のつなぎの太鼓連打はすべて省略(1911年版のスコアには「コンサートでは省略可」とある)。またスコアの指定通りコルネットを使用しており、「バレリーナの踊り」などで聴ける柔らかく歌心のあるソロには、ストラヴィンスキーの求めていたものはこれだったのだな、と納得がいきます(ここも縦線が完全に崩壊してるけど・・・)。

Monteux2




Monteux / Boston Symphony Orchestra
(1959/1/25,26&28 Boston)

1911年版。ピアノはバーナード・ジゲラ。57年のパリ音楽院管の録音と解釈の方向性は全く同じであると思いますが(太鼓連打がないのも一緒)、こちらの方が録音がやや鮮明で、オケの勢いがよい演奏です(やっぱり縦線は時々崩壊するけれど・・・)。ただ、各楽器の音色のコクはパリ音楽院の方が圧倒的にあるように思います。お好きな方を・・・。

Stravinsky




Stravinsky / Columbia Symphony Orchestra
(1960/2/12-17 Hollywood)

1947年版(ブックレットには「1911年原典版」とありますが、どこを聴いてもまったくの1947年版です)。とにかくテンポが速く、音符がスタッカート気味に奏されてリズムのキレが強調されている演奏。こんなに速い「ムーア人の部屋」はびっくり。あまりに速すぎてオケが全くついていけず崩壊しているところも多々ありますが、作曲者が何をやりたいのかという思いは強く伝わってきます。そして、ここにこそ1947年版の真意があるように感じられるのです。すなわち、音の運動性の追求。楽譜に書かれているひとつひとつの音が粒立って聴こえてくるこの演奏には、単に作曲者の自作自演という意義以上のものがあると思います。しかし、魔術師登場前の太鼓連打が半分になっているのはどうしてでしょうか?

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