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「ペトルーシュカ」を聴く (3)

1911年版と1947年版のスコアをじっくりと比較すると、その大きな違いに改めて驚かされます。拍子の変更のように聴いただけではわかりにくい(しかし音楽の力学には大きな影響を与える)部分も多いのですが、楽器の変更によって響きが大きく異なる部分もかなりあります。冒頭の第1場「謝肉祭の市場」から、いくつかわかりやすい箇所をあげておきましょう。参考のため、ブーレーズ/クリーヴランド管の新盤(1991)のタイムを記しておきます。

●まず冒頭(0’00”)のフルートで奏される主題。1911年版ではフルート1本だけで奏されますが、1947年版では第2奏者が旋律を補強します。
●それにすぐに続く、アルペジオの上昇音型(0’18”)。1911年版ではハープで奏されますが、1947年版ではピアノです。ピアノは1947年版では大活躍しますが、1911年版では「ロシアの踊り」と「ペトルーシュカの部屋」以外ではあまり目立たず、後半は退場です。
●謝肉祭の群集の描写として何回も出てくる変拍子のパッセージ(1’27”)。1911年版では弦が単音でリズムを強調し管がメロディーを担当しますが、1947年版ではヴァイオリンがメロディーを弾きます。ここはとてもわかりやすい違いでしょう。このパッセージが出てくるところは他も同じです。またこのパッセージはティンパニの一撃から始まりますが、1947年版では一撃の前に3連符の装飾音符が付いています。打楽器に装飾音符を加えているのも、1947年版によく見られる特徴です。
●手回しオルガンの旋律が2回目の繰り返しに入ると、オルゴールが鳴り出します(2’48”)。1911年版ではこのオルゴールの旋律はグロッケンシュピールが担当、さらに4手のチェレスタがキラキラとした装飾を奏でますが、1947年版ではオルゴールの旋律をチェレスタが弾くだけです。
●その後、再び冒頭のフルートの旋律が帰ってくる部分(3’43”)。1911年版ではフルートの旋律にグロッケンシュピールが重ねられ、さらにヴァイオリンが16分音符でアルペジオを刻みます。1947年版ではフルートをハープが伴奏するのみ。

このような聴覚上わかりやすい違いが他の部分にもたくさんあります。しかしながら、「ペトルーシュカ」の有名な全曲録音の中に、実はこの2つの版以外の「特別な」ヴァージョンがあるのをご存知でしょうか。クラシックの演奏ではよくあるように、指揮者が楽譜にいろいろと手を入れてしまった録音が存在するのです。スヴェトラーノフの録音などもある意味ではそのひとつなのですが、あれはまだ奏法上のユニークさというレヴェルにとどまっています。もっと大胆に、譜面をいじってしまった録音があります。

Dorati




Dorati / Detroit Symphony Orchestra
(1980/6 Detroit)

「1947年版に基づく(based on 1947 version)」。なんとも気になる表記ですが、この有名な録音のどこがどう1947年版と違うのかについて書かれたものを一切目にしたことがありません。せっかくなので知りたくなって、1947年版スコアとにらめっこをしながら聴いてみました。結果発表。もっとあるかもしれませんが、とりあえず発見できたのは次の4箇所でした。このCDのタイムと、Boosey & Hawks のスコアの練習番号を使って説明します。

●第2場「ペトルーシュカの部屋」冒頭(トラック16の0’08”、練習番号94の3小節目)。打楽器はスコアの指示ではシンバルですが、同時にトライアングルが鳴っています(もしかしたらタンバリンも)。
●第4場「謝肉祭の夕方」の最初の方(トラック18の0’40”、練習番号166の直前)、ホルンの5連符のフレーズにグロッケンシュピールが重ねられています。
●「仮面をつけた人々」の最後の方(トラック18の9’33”、練習番号243から)のピッコロとフルートの旋律にグロッケンシュピールが重ねられています。
●「ムーア人とペトルーシュカの戦い」が始まってすぐ(トラック18の10’16”、練習番号252の3小節目から)めまぐるしいシロフォンが加わっています。

これらは基本的には1911年版のオーケストレーションを部分的に取り入れたものです。なぜドラティはこんなことをしたのでしょうか?1947年版を基本的に認めつつも、この部分だけは1911年版が良いと思ったのでしょうか?その理由は推測するしかありません。さて肝心の演奏ですが、冒頭のフルートやチェロの切迫したような音色と鋭い切れ味からもわかるように、全体的に速いテンポでグイグイ押していくダイナミックな演奏。ノリノリです。初期のデジタル録音だからでしょうか、ダイナミクスの幅が大きく、音の輪郭がクリアーな印象を受けます。オケがスピードについていけない瞬間も何度か訪れますが、それもノリノリの果ての自然な崩壊で、決して音楽が破綻した感じにはなっていません。見事な演奏だと思います。ただ、私がこの演奏を聴いて「アメリカっぽいな~」と感じてしまうのも事実。高度な機能美があるのですが、どことなく大味に感じてしまうのです。例えば、「子守女たちの踊り」のホルンの音色がバリバリしているのが妙に気になったりします。まあストラヴィンスキー渡米後の1947年版ですから、ある意味正しいのかもしれませんが・・・。

Abbado




Abbado / London Symphony Orchestra
(1980/9 London)

版の問題に関して、ドラティよりさらに複雑なことになっているのがこのアバド盤です。金子建志編「200CD オーケストラ こだわりの聴き方」(立風書房)の中で木幡一誠さんが書いているように、堂々と「1911年原典版」を謳っていますが、ゆめ信じるなかれ。聴こえてくる音は基本的に1947年版です。ただし、ドラティと同様に1911年版からの部分借用を中心に、かなり手を入れています。再びスコアとにらめっこをしてみました。これももっとあるかもしれませんが、気づいたところをこのCDのタイムと Boosey & Hawks のスコアの練習番号で説明してみます。たくさんあります。

●第1場「謝肉祭の市場」手回しオルガンの2コーラス目(トラック1の2’45”、練習番号26)、1911年版と同様にオルゴールの旋律がグロッケンシュピールで奏でられ、チェレスタの装飾が入ってきます(4手かどうかまでは判断できません)。
●その後で冒頭の旋律が戻ってくるところ(トラック1の3’37”、練習番号33)、ピッコロとフルートの旋律にグロッケンシュピールが重ねられています。これも1911年版から。
●魔術師が笛を吹いて人形が現れるところ(トラック1の6’35”、練習番号61)、ハープがグリッサンドで奏されるのは1911年版から。
●「ロシアの踊り」の最初の方(トラック2の00’22”、練習番号68)、シロフォンがアクセントで入るのは1911年版からの流用。
●その後のトゥッティ(トラック2の00’38”、練習番号72)。シロフォンとグロッケンシュピールが入ります。シロフォンはどちらの版にもあるのですが、ここでアバドは主旋律をなぞる音型を演奏させていて、これは全くの創意でしょう。グロッケンシュピールは1911年版の流用のようです。この録音で一番不可解な部分。アバド先生、やってくれます。
●第2場「ペトルーシュカの部屋」でトランペットで最初にペトルーシュカの主題が出た後(トラック3の1’21”、練習番号102)のアンダンティーノ。ここでは逆にシロフォンがなくなっています(1911年版にもあるのに)。聴こえないだけかとも思いましたが・・・。
●第4場「謝肉祭の夕方」の最初の方(トラック6の11’23”、練習番号165の直前)。ドラティと同じように5連符のグロッケンシュピールが加えられていますが、入る場所はドラティよりも1箇所多い。1911年版と同じ扱いです。
●「仮面をつけた人々」の冒頭(トラック11の0’00”、練習番号234)、1911年版と同様にチェレスタが入っている。
●「仮面をつけた人々」の最後の方(トラック11の0’54”、練習番号243)のピッコロとフルートの旋律の上にグロッケンシュピールが重ねられている。これはドラティと同じで、1911年版による。
●そして「ムーア人とペトルーシュカの戦い」が始まるとすぐ(トラック12の00’12”)、1911年版のシロフォンが出てくるのもドラティと同じ。

この「混合ヴァージョン(アバド版?)」をどう考えていいものか、私にはよくわかりません。ドラティの試みをさらに拡大しているような感じですね・・・この両者はともに1980年の録音でした。さて演奏はというと、リズムを強調し音楽のメリハリもある立派なものです。色彩感もたっぷり(何か編成をいじっている可能性あり)。全体的なテンポは速めで、とくに第4場の冒頭などはこんなに疾走しなくてもいいのにと思うほどです。それでもきちんとついてくるオケは凄い。ただひとつ、悪態をつくペトルーシュカの幽霊を表す最後のトランペットが、いかにも幽霊風に力が抜けているのはちょっと作為的かなと思います。ストラヴィンスキーも語っているように、この幽霊こそがペトルーシュカの実体なのです。これはロシアの小話独特のゴーゴリ的なユーモアであり、この幽霊の実在性を強く打ち出すことが本来の意図だと私は思います。ピアノはレスリー・ハワード。録音ではピアノがかなり前に出ている印象です。

Inbal




Inbal / Philharmonia Orchestra
(1989/11 London?)
1911年版。変に手を入れていない演奏を聴くとほっとします。テンポは比較的ゆったりととって、ひとつひとつの楽器の音色を楽しむように聴かせていく演奏です。フレージングに素晴らしいセンスがあり、いちいち感心してしまいます。例えば第3幕のワルツ、こんなに素敵なウィンナ・ワルツを聴かせてくれた演奏はありません。場面転換の太鼓連打は大きい音でセカセカと演奏し、とってつけた転換の感じをうまく出しています(第2場に入っていくところでフェイド・アウトするのもあまりないやり方)。第4場、冒頭のざわめきをたっぷり聞かせた後でギアチェンジして舞曲に入っていくのも新鮮でいい。「子守女の踊り」の複数のメロディーがこんなに立体的に聴こえたのも初めて。面白いのは「農民と熊」の最初、トロンボーンのスフォルツァンドに合わせて楽団員たちが「ヤァ~」とか叫んでます。そして「馭者と馬丁の踊り」、ティンパニが大迫力(p の指定全く無視)。大太鼓も凄い。これは評判になっただけあってなかなかの演奏です。ブーレーズのような精密でクリアな方向性ではなく、しっかりとした合奏力を前提とした上で、物語性を表現するためにあえてデフォルメも辞さない(しかもそのセンスは素晴らしい)というもの。レヴェル高いです。

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