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齊藤/関フィルのペトルーシュカ

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関西フィルハーモニー管弦楽団 第191回定期演奏会
2006年3月28日(水) ザ・シンフォニーホール

プロコフィエフ:組曲「キージェ中尉」作品60
グレッグソン:サクソフォン協奏曲
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)

指揮:齊藤一郎
サクソフォン:須川展也
ピアノ:三輪郁
管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団
コンサート・マスター:川島秀夫

大阪にやってきて半年。在阪オケ体験シリーズ(と勝手に名づけました)はセンチュリー、大フィルときて、今回は関フィルです。キージェもペトルーシュカもナマはおそらく初めて。ペトルーシュカに関して言えば、昨年8月のゲルギエフ/PMFのチケットをとっていながら、転勤のバタバタのために聴きに行けなかったことがいまだに悔やまれます(あれは1911年版だったのだろうか・・・だとしたらますます悔やまれる・・・)。颯爽と登場した齊藤氏は長身のイケメン指揮者。遠くてよく見えませんでしたが、燕尾服の中におそらく金の刺繍が施されたベストを着ていました(派手)。弦は14・12・10・8・7、これはすべての曲で変わらず。

まずはキージェ。全体的にあまり思い入れなく、すいすいと進む演奏。大好きな「ロマンス」のコントラバス・ソロは・・・最初は良かったのですが、う~ん・・・。この曲はもっと弦セクションに深みと繊細さがほしいと感じました。サックスは予想通り須川氏が担当、素晴らしいソロの連続で魅せます。「トロイカ」はかなり急速でスリリングな演奏。そして「埋葬」の後半、プロコフィエフ独特のポリトーナルな響きはナマで聴くと面白さ倍増。ただ、全体的にオケのアンサンブルがやや散漫に聴こえました。大丈夫でしょうか?

グレッグソンのサックス・コンチェルトは「関西初演」とのこと(それがどうした、という感じでもありますが)。ドラム・セットを加えた編成です。冒頭、いきなりサックス・ソロがバンダで吹き始めるのは、意外性を狙った作曲上の演出。須川氏は音色が上品でヴィブラートも美しい。曲は極めて調性的で、ビッグ・バンド・ジャズ+映画音楽という感じ。第1楽章ではクラリネット奏者2人がまさにビッグ・バンドよろしく立ち上がってスイングします。オーケストラは意識的にいろんな音響を使っていますが、実験的というわけではありません。第2楽章はソプラノ持替。美しい響きもありつつ、やはり映画音楽的な印象。マイルスっぽいミュート・トランペットも出てきました。この静かな楽章の途中、前の席の人が大きな音で鼻をかんでいたのには閉口。そして第3楽章では再びアルトに持ち替えてリズミックに迫る。「キメ」のフレーズの連発、やや激しいブロウの箇所もありましたが・・・まあ、それだけの曲です。オケ・ソリストとも熱演でしたが、現代の音楽作品としては高く評価できません。ポピュラーなテイストなので聴きやすく、その一方で「現代音楽を聴いた」という満足感を与えるようなちょっと気の利いた響きもある、という程度のものでしょう。新鮮な驚きは何もありません。須川氏によるアンコールは、アルト・ソロでスコットランド民謡「美しいデューン川のほとりにて」。静かに吹き始めたとき、バックステージかロビーからなにやらノイズが聞こえてきましたが・・・あの音はいったい何だったのでしょうか?何だか落ち着かない。

そしてペトルーシュカ。これも全体的に速めのテンポで、すいすいと進む演奏です。「謝肉祭の市場」のコラージュ的な手法、そのバラバラ感はナマで聴いた方が圧倒的にわかりやすい。ただ、ピアノが舞台下手(しもて)に配置されていて、音が中央から立ち上がってこないのにはやや違和感を感じました。もともと「コンツェルトシュトゥック」として作られた曲だし、1947年版はピアノの役割が大きいのですから、指揮者正面に配置した方がよいのではないでしょうか?齊藤氏は結構いろいろと細かな工夫を凝らしているようで、例えば場面転換の役割を果たす小太鼓とティンパニの連打が、第2場「ペトルーシュカの部屋」の直前だけ遅いテンポで奏されるのは面白い効果でした(つぎの「人形が投げ込まれる」急速な音型とのメリハリがつく)。第4場の様々なダンスの饗宴も速いテンポで次々展開して楽しめましたが、「農民と熊」だけはやっぱりぐっとテンポを落とした方が私の好み。最後の拍手が余韻を楽しむにはちょっとフライングだったのは残念でした。全体的に見ると、ソリストはいずれも好演。最も重要なトランペットは時々微妙なミスもありましたが、音色・フレージングともに達者で素晴らしいと思いました。魔術師のフルート・ソロも本当に上手でしたし、女性パーカッション奏者の大活躍も素敵でした。そして不思議な発見がひとつ。最後の方で気がついたのですが、コントラバス奏者のひとりが弓を持たずに(他の人が弓で弾いているときも)ずっとピツィカートで弾き続けていたのです。これ、どういうことだったのでしょうか?

関フィルの印象。管打セクションはミスもするけれど総じて安定感があり、優秀。弦セクションはトップのソロなど頑張っていると思うのですが、アンサンブルとしてはパワーがなく、音色も深みに欠けている。今日の演奏だけかもしれませんが、ちょっと気になりました。またお気に入りのプロのときに聴いて、確かめてみようと思います。

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コメント

無弦庵さま、こんにちは!弊ブログへコメントをいただきありがとうございます。弦パート、もっとうまくてもいいのですけど・・・コンマスが違ったらかなり違った気がします。
PMF、大阪公演にまいりました。
おひまなときがございましたら
http://felicevoce.exblog.jp/m2006-08-01/#2956268
ご参照くださいませ。プログラムの進行とともに尻り上がりによくなるPMFに息を飲みました。
これからもよろしくお願いいたします!

投稿: フェリーチェ | 2007年3月30日 (金) 00時38分

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